“I think he is a good man.”の日本語訳は、「彼はいい人だと思う」よりも「あの人はいい人だと思う」のほうがさらに「日本語らしい」のは何故か
“I think he is a good man.”の訳は
「彼はいい人だと思う」でもよいが、
この「彼」は、あまり「日本語らしい」表現とはいえない。
「あの人」に変えて
「あの人はいい人だと思う」とすれば、
もっと「日本語らしく」なる。
なぜか。

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まず、確認しておかなければならないのは、
I think he is a good man.=「彼はいい人だと思う」
は決して誤訳ではないということだ。
現代日本語は、明治以来の翻訳の影響で「彼」という語をすでに受け入れている。
したがって、以下の会話は過不足のない日本語の会話として十分に成り立つ。
「彼のこと、どう思う?」
「彼は、いい人だと思うわ」
ただし、なんとなく、よそよそしい。
どこかに乾いたクール感がただよう。
それに比べて以下の会話はどうだろうか
「あの人のこと、どう思う?」
「(あの人は)いい人だと思うわ」
ここに出てくる「あの人」という表現には「彼」にみられた乾いたクール感が感じられない。
気持ちに密着した表現に思える。

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それにしても、
What do you think about him?のhim
の訳文として「彼」ではなく「あの人」を使うほうがいいというのは、
おかしな話ではないか。
逆方向にみても
「あの人のこと、どう思う?」という日本語の訳文として
What do you think about that man?
とはできない。
「あの人のこと、どう思う?」
✖ What do you think about that man
〇 What do you think about him?
こうした現象を理解するには、認知的な考え方からの説明が最も納得がいく。
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最新の認知的な考え方では
「あの」という語について、
(話し手/聞き手双方から)遠いところにある対象を指し示す表現だという従来の捉え方だけでは満足せず、
認知心理学の「共同注意」という概念を用いて、
さらに普遍的な説明をおこなっている。
(『日本語文法の論点43』pp.13-6参照)
ここでの「共同注意」とは、
①他者が注意を向けている対象に自分自身が注意を向けること、
②自分自身が注意を向けている対象に他者の注意を向けさせること、
である。
この②の概念をつかって「あの」の説明をおこなえば、次のようになる。
すなわち、話し手(書き手)が「あの」を使う意図とは、心理的に遠い位置にある何かの物事が自分の持ち物であるとは主張せず、かつ、それが意識的に努力すれば認識できると判断したうえで、聞き手(読み手)に対して、その物事に対する「共同注意」を促すことである。

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ここの「あの人」に沿って具体的に説明しよう。
AさんはBさんに対して
「あの人のこと、どう思う?」
とたずねるが、
ここで「あの人」を使うことで、
「あの人」がAさんにとって心理的に遠い存在であることを示すとともに、Bさんに対しては「あの人」に対する共同注意を促している。
いっぽう、「彼のこと、どう思う?」では、
そうした共同注意を促すニュアンスは特に示されないので、
かなり客観的なイメージに落ち着く。
これが「彼」よりも「あの人」のほうが日本語「らしい」ことの理由である。
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日本語は「人の視点」「共同の視点」を認識の基軸とする言語であり、一方で英語は「天の視点」「個の視点」を認識の基軸とする言語である。
そのため、世界認識の部分からして英語とは一対一対応をしない部分が非常に多い。
それが、ここでの「he→あの人」という訳出にも関係をしてくる。
こうした日英の世界認識の「ずれ」は簡単に翻訳ができるものではないが、重要なことは、まずはそうした認識面でのずれがあることをしっかりと理解することである。
そしてその理解のうえに立ち、できるかぎりのことをやっていけばよい。
それが翻訳者としての仕事である。
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