私の英語学習50年(90)研究と執筆だけの静かで豊かな生活
(↑のつづき)
会社を整理して杉並の善福寺池のほとりの古くて小さなアパートの一室に転居したのは、2002(平成14)年の夏のことである。
それから2015(平成27)年の夏までの13年間をそこで暮らし、その後は別のアパートに移った。
収入はサイマル・アカデミーの講師料と経済金融分野のフリー翻訳者としてのわずかな翻訳料だけになったが、なんとか暮らしていけた。
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この17年のあいだ、私はサイマル・アカデミーのレッスンのために都心に出る以外には、ほとんど外出することがなかった。
ほとんどの時間は小さな部屋でさまざまな本たちに囲まれて暮らした。
人に会うこともなかった。
ずっと待ち望んでいた、さまざまな本を読んで勉強をし、ものを考えるだけの静かで豊かな生活が、こんなかたちで実現したのである。
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最初の頃は本を読んで勉強をしている時間が多かった。
だが次第に自分の原稿を書く時間が増えた。
この17年間で書いた原稿の量は原稿用紙で数万枚分になっている。
いつかは自分の考えを世に出したいとは思っていた。
また翻訳者としての専門領域である経済金融分野での高度な専門知識を持つ本物のプロフェッショナルにもなりたいとも思っていた。
だがそれ以上に、自分が20代から考えて続けているテーマ――日本語で認識・思考・表現するとはどういうことなのか、英語で認識・思考・表現するとはどういうことなのか、この2つの認識・思考・表現をつなげるには何をどうすればよいのか――をひとつの体系としてまとめあげたい、それをもとにして英語教育と翻訳の新しいメソッドをつくりたいとの思いのほうがはるかに強かった。
なぜなら、それこそが自分のライフワークであり、それを完成させてはじめて私は自分自身を信頼できるようになると考えていたからだ。
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四畳半の部屋で数千冊の本に囲まれながら、私は自分の頭のなかにずっと棲みついているさまざまな課題を考え続けた。
そしてそれに対する自分なりの答えを文章にまとめていった。
そうやって考え続けていると、20代からずっと考え続けてきた課題に対する答えが頭のなかで少しずつかたちになっていくこともあった。
至福の時だった。
ある文章を書き上げたときのことである。
ジグソーパズルの最後のピースが入ったと、ふと感じた。
もちろん、まだ解決しなければならない課題は山のようにあるのだが、しかし、これでもう、私の研究の骨格は変わらないだろうと確信したのである。
(つづきは↓)
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