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異世界スキル整備士 第7話

第7話:記録と権限

朝の空気は、乾いていた。
街の灯りは昨夜の暴れが嘘みたいに静かだ。けれど俺の視界には、まだ薄い歪みが残っている。

《都市スキル同期:微細異常》
《発生源:複数》
《進行:継続》
《警告:弁の負荷上昇》

「……落ち着いた“ふり”だな」俺が呟く。

レイナが欠伸を噛み殺した。

俺はレイナを見て言った。
「寝不足だ。あんだけ走ればな」

「それでも起きてるカイトは偉い」レイナが笑顔で言った。

「皮肉か?」俺は冗談っぽく返した。

「褒めてる」レイナがまじめに答える。

セリスは杖を抱えたまま、広場を見回している。

昨夜の人だかりの場所は片づけられ、商人たちは荷を拾い直し、母親は子どもに水を飲ませている。

「……壊れない日常って、すごいですね」
セリスの声は小さかった。
「昨日まで、当たり前だと思ってました」

当たり前は、壊れる。
壊れると知った瞬間、当たり前は“守らなきゃいけない現実”に変わる。

――重さが、いきなり手のひらに乗ってくる。

「監察庁、行くぞ」俺が言うと、レイナは剣帯を整えた。
セリスも小さく頷く。

グランは遅れてやって来た。油の匂いをまとったまま、工具袋を背負っている。
逃げない顔だ。腹を括った顔。

「……一緒に行く」グランが短く言った。

「来るのか?」俺が確認すると、グランは顎を引く。

「俺が引いた線の責任だ。記録だろ?
なら、俺の署名も残せ。どこを触ったかも全部だ。」

俺は頷いた。
記録をすることは、設計図として整備の役に立つ、しかし、責任の所在が明らかになり、事故の原因を押し付けられる可能性がある。
記録は、盾にもなるが、足枷にもなる。

―――――

監察庁は、街の中心にあった。
石造りの建物。余計な装飾はない。
入り口の前には衛兵が二人。
表情が固い。

扉をくぐると、空気が一段冷える。
ここでは正しさは“手続き”で決まる。
どれだけ救っても、承認がなければ“違反”になる。
監察官に思いをぶつけても始まらない。
権限・管理体制・仕組み、いわゆる手順を踏むことが求められる。

通された部屋は、広くはない。
机が一つ。椅子が四つ。
壁には都市回路の図面が掛かっている。

昨日の監察官――灰色の外套の男が、すでに座っていた。
そして、もう一人。白い手袋をした女がいる。
眼鏡。薄い笑み。目は笑っていない。

「整備士カイト」監察官が言った。

「こちらは監察庁の記録官、ミレイだ」

女が軽く頷く。
「話は聞きました。都市回路の“分岐”を現場判断で追加したそうですね」

「追加じゃない。崩壊を止めた」俺が返すと、ミレイは淡々と紙をめくった。

「言い方の問題ではありません」
ミレイは目線も上げずに言う。
「都市回路は公共財。改変は手続きが要る。
あなたはそれを飛び越えた」

「飛び越えないと街が燃えた」
レイナが噛みつくように言った。
「昨日のを見て言ってるのか?」

ミレイはレイナを見た。薄い笑みのまま。
「見ていません。私は記録官なので」

レイナが舌打ちしかける。俺は手で止めた。
ここで戦うと、負ける。
手続きの土俵じゃ、こっちが不利だ。

監察官が俺を見る。
「条件だ。昨日言った」

「記録を残す。関与者を特定する」俺が言う。

「それをやる」
「もう一つ」監察官は声を変えない。
「あなたの“整備”は、いつでも都市に向けられる武器になり得る。だから監察は“楔”を打つ」

楔。聞こえは悪い。意味は分かる。

「現場の継続整備は認める」監察官が続ける。
「ただし監察官立ち会いの下で。整備記録は監察庁に同時提出。改造は事前申請」

セリスが息を呑む。
「事前申請……って、間に合わない時は……」

「間に合わない時に壊れるのなら亅
ミレイが即座に言った。
「その運用が、すでに破綻している可能性がありますね」

冷たい。
だが、理屈は強い。
制度の言葉は、責任を切る刃だ。

俺は椅子から少し身を乗り出した。
「じゃあ逆に聞く。今の街は“間に合う運用”になってるか?」

沈黙。

監察官が目を細める。
ミレイの手が止まる。

俺は言葉を切らずに続けた。
「井戸も、治癒具も、浮遊板も、全部“今すぐ”で回ってる。
余裕がない。余裕がない回路は、必ずどこかに負担が偏る。偏りは焼ける。焼ける前に繋いで均すと・・・今度は同調が起きる」

「つまり、どうしろと」ミレイが初めて顔を上げた。
鋭い目だった。

俺は答える。
「整備を“個人技”で回すな。街の仕組みにしろ。
壊れたら俺が走る・・・じゃなくて、壊れにくい運用を作る。
記録を共有して、監督を置いて、弁を分散して、危険な箇所は先に手を入れる」

監察官が短く言う。
「それが“整備局”か」

「そうだ」俺は頷いた。
「整備局を作る。仮じゃない。街の仕組みとして」

監察官の視線が鋭くなる。
「権限は誰が持つ」

「都市だ」俺は即答した。
「俺じゃない。ギルドでもない。監察でもない。街だ」

レイナが小さく笑う。
「珍しく“大人の答え”だな」

「今、言葉を間違えたら終わるからな」俺は返した。

ミレイがペンを走らせながら言う。
「“街が権限を持つ”は美しい。でも、責任はどこに落ちる?」

そこが楔だ。
制度は“責任の置き場”を欲しがる。
曖昧を嫌う。

俺は一度、息を吸った。
「整備局長は置く。監督責任者も置く。記録官も置く。
でも、力を独占しないために、整備は分担する。訓練する。手順を残す」

「誰が教える」監察官が問う。

「俺が教える」俺は言ってから、言葉の重さを噛んだ。
教えるのは、責任だ。
教え方ひとつで街が壊れる。

その時、グランが口を開いた。
「……俺も教える。現場の癖を知らねぇと、机上の整備になる」

ミレイがグランを見た。
「無許可工房の職人が?」

「無許可でやってたのは、許可が回ってこなかったからだ」
グランは吐き捨てるように言う。
「街は止まるんだよ。紙待ってる間に」

一瞬、衛兵が動いた。

だがレイナが一歩前に立って、空気を止めた。
剣を抜かないまま、場を制御する。
・・・新しい剣の使い方だ。

監察官が言った。
「……グラン。あなたは監察の管理下に入ってもらう。
協力者として登録しろ」

「監察の飼い犬にはならねぇ」

「なら拘束だ」監察官の声は淡々としていた。

俺が割って入る。
「登録しろ、グラン。今は意地の張りどころじゃない。街を守るなら、敵を増やすな」

グランは歯を鳴らした。
それでも、頷いた。
「……くそ。分かったよ」

ミレイが紙束を一つ机に置いた。
「では暫定合意です。“都市整備局(仮)”の設置検討を開始する。

本日より、あなた方は“現場整備班”として登録。監察官が随行。記録は毎日提出。違反した場合は即刻停止」

レイナが小声で言う。
「鎖じゃねぇか」

「鎖でも、動けるなら今はいい」俺は言った。
「鎖を切るより、鎖ごと仕組みに変える」

監察官が立ち上がった。
「次の異常発生があれば、現場で確認する。すぐに戻れ」

―――――

監察庁を出ると、街の空気は温かかった。
でも、俺の胸の奥は冷たい。

「勝ったのか?」レイナが聞く。

「まだだ」俺は首を振った。
「負けてないだけだ。ここから、形を作る」

「形……整備局の形ですね」セリスが言う。

「そう」俺は頷き、視界の端の表示を見る。

《新規目的:都市整備局(仮)》
《必要:権限・協力者・資材》
《追加:記録体系・訓練手順》
《阻害:監察・観測者》

観測者。あの黒い影。
制度より厄介な“意図”が、街に混ざっている。

その時、背中がひやりとした。
誰かに触れられた気配。だが誰もいない。

視界に、短い表示が走る。

《観測:継続》
《評価:保留》
《介入:未確定》


「……まだ見てる」セリスが小さく言った。

彼女にも、何かが分かり始めている。

グランが低く言う。
「監察の楔だけじゃねぇぞ。あれは“人の目”じゃない」

レイナが剣の柄に指を置いた。
「なら、次はそいつを炙り出す」

俺は街を見上げた。
灯りは穏やかに揺れている。だがその揺れの底に、“同じ脈”がまだ残っている。

「炙り出す」俺は呟く。
「仕組みごと、な」

俺たちは歩き出した。
紙の束の中へ。制度の中へ。
そして、見えない影の中へ。

整備士の戦いは――
ついに“街の未来”そのものになった。


第7話・完


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