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娘の20歳の誕生日にひとり焼肉した

先日、娘の20歳の誕生日があった。

0歳の頃に離婚して20年間。なんとも感慨深い日である。

娘とすごしてきた時間は短いとは思えない。なかなかに色んなことがあって父娘ともに泣き笑いしながら暮らしてきたのだ。

幼い頃の誕生日。隣に自分がいるのが当たり前だった。それが子供の誕生日というものだ。

でも20回目の誕生日は残念ながら私は必要なかった。朝から晩まで友達がお祝いをしてくれるようだった。

夜ゴハンだけでも一緒に食べようかとも考えていたが、その時間もどうやら先客が入っているようだ。

少しさびしくもあるが、成長したなと言う感動のほうが大きい。

私はいつも通りの晩御飯。でも20歳の誕生日はやはり特別だ。ひとりで焼肉を食べに行くことにした。高級でもない3000円のホルモン焼肉食べ放題。豪勢なお店はまた娘が空いている日に2人で行くことにした。

経験も希少価値がある。ダイアモンドや金と同様に数少ないものに価値を感じる。娘とすごさない誕生日。昔から考えるとあり得ない時間はなんだか幸せにつつまれた。まるちょうを食べながらハイボールを呑んで一人で乾杯。実に良き時間である。

娘とすごす時間は今はまだ当たり前にある。でも10年後、20年後にはこうやって私一人ですごす時間がきっと日常になるのだろう。

その時には娘とすごす経験が希少価値のあるものになっている。そうなることを願いながら子育てしてきたのに、いざそうなるとやっぱりせつない。人間は、自分はなんともちっぽけである。

もう子育て終了。ということでもない。娘の学費はまだ稼がなければならない。時のグラデーションの中で経験の価値が変わる。同時に自分は衰えていく。

色んな感情に溢れる。でも一つだけ自信を持って言えることがある。それは閻魔様にも言うことができる。

「自分はしっかりと娘を育ててきましたよ。立派に育ちました」って。

それだけで良い人生なのだ。




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