『オノマトペ』で感情に触れる
どうして分かってくれないのだろう。
あの人は何でできないんだろう。
何でやってくれないんだろう。
気持ちが分からない。
考えが意味不明。
人と関わる時、
気持ち、考えが分かり合えない。
思う通りに伝わらない。
誤解やすれ違いが生まれる。
うまく言葉に表せない。
そんな場面に出くわすことは
誰しも一度はあるのではないでしょうか。
そんな時の感情は、
モヤモヤしたり、
イライラしたり、
ザワザワすることもあれば
ソワソワするような気持ちに
なることもあるような気がします。
こうした擬音語や擬態語のことを
『オノマトペ』といいます。
オノマトペを活用すると
はっきりと上手く伝えられなくても
曖昧かもしれないけれど
気持ちや状態の雰囲気が伝わること
ありますよね。
オノマトペに対して、
曖昧で幼稚な印象を持っている人も
いるかもしれません。
確かに正確性や整合性を
求められるような
堅苦しいシチュエーションだと
不相応かもしれないです。
ただ、
綺麗な言葉や
見栄えの良い言葉だけを並べられても、
伝わらなかったり、
分かりにくかったりもしますよね。
見栄を張って
理解したフリをしたり、
分かったつもりになってしまうことは
誰しもあると思います。
子どもでも大人でも関係なく
してしまう場面はありますよね。
それではお互いの誤解、すれ違いを
引き起こすことがある気がします。
社会一般では、正解や正論、
証明できるエビデンスが優先されて
常識や日常の当たり前に
溶け込んでいく。
曖昧で正確さの乏しい内容や感情は
どこか見下され、置き去りにされる。
その中にもしかしたら
新たな発見や気づきがあったとしても
未完成の不安定よりも
既に完成された安定と安心を選んでしまう。
その結果、分かり合えないままに
関係性がギクシャクすることもある。
仕事上でも、曖昧な内容の中に
ヒントが隠れていて
打開策につながることだってあるのに
スルーされることもある。
「オノマトペ」は、
曖昧で正確性はないかもしれない。
けれども、その曖昧さを少しずつ
整えていけば見えてくることもあります。
上手に綺麗な言葉を探して、
選ぼうとした結果、見つからずに
「分かった」あるいは「分からない」で
済ませてしまうと解決策を
見いだせないままになることも
ある気がしてます。
綺麗な言葉じゃなくても、
オノマトペのような曖昧さでも
伝えられること、伝わることが
あるように感じます。
言葉では上手く言い表せない表現を
「オノマトペ」は教えてくれます。
喜怒哀楽をとっても、
印象は変わりますよね。
「喜び」でいえば
「ワクワク」「ウキウキ」
「ランラン」「フワフワ」など
「怒り」でいえば
「イライラ」「ムカムカ」「モヤモヤ」
「カンカン」「プンプン」など
「哀しい」でいえば
「シクシク」「ウルウル」
「ぽろぽろ」「めそめそ」など
「楽しい」でいえば
「ニコニコ」「キラキラ」
「ルンルン」「キャッキャ」など
言葉に出来てなくても、
イメージできる感情があると思います。
オノマトペで感じられる印象が
「喜怒哀楽」でも少し変わって見えませんか?
「分からない」と感じた時、言われた時
オノマトペの活用で言葉や気持ちが
ほぐれることがあるような気がします。
最初は曖昧でも、少しずつ整えることで
分かってくることもあると思います。
言葉が理解出来なくて、
モヤモヤしているのかもしれない。
話そうとしているのに
まともに聞いてもらえずに
イライラしているのかもしれない。
「怒っている」と分かっても
見当違いのアプローチをすれば
火に油を注ぐことになります。
感情の発生は、
その人だけでなく、周囲の影響も
大いに受けている。
だからこそ、
本人だけで解決させようとするのは
とても酷なことだと感じる。
「怒り」と「哀しみ」で
覆われている段階で
無理に「喜び」や「楽しい」で
解決しようとしても、
「苦しみ」になることもある。
そっとしといてほしい、と思う時も
あるような気がします。
関わることが正解じゃない時も
あるように感じています。
「オノマトペ」は、感情や気持ちを
可視化させるのに分かりやすいです。
更に工夫を加えると
整えやすくなる気がしています。
それは「感情の数値化」です。
バロメーターを自分の中でイメージして
最大が10、最小が0で
今はどこの数値にあるかを測ってみます。
10じゃなきゃダメ、0じゃなきゃダメ
ということはありません。
落ち着いているな、穏やかだなと感じたら
怒りや哀しみのバロメーターは
下がるでしょうし、
楽しいなー、嬉しいなーと感じれば
喜び、楽しいのバロメーターは
上がるでしょう。
自分にとって心地よい数値はどこかな
って眺めてみると少し気が楽になります。
そうすることで冷静に俯瞰して
自分の感情を見れることがあります。
自分だけでなく相手にも。
バロメーターの変動は
誰でも起きること。
個人差はもちろんあるでしょう。
ただ、整えることはできる気がします。
感情に飲み込まれる前に
ふと、バロメーターに目を向けてみる。
その余白で変化が起こることもあります。
「オノマトペ」は、
子どもの感受性や語彙力を育む
きっかけになるコミュニケーションの
手段のひとつですが、大人になってからでも
使い道はたくさんある気がします。
正解や正論だけに囚われずに
感情や気持ちに対しても
丁寧に寄り添ってみる。
少しずつ。ゆっくりでも大丈夫。
それぞれのペースで大丈夫。
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