言うことを聞かない理由を考えてみる
子どもが言うことを聞かないとき。
「どうしてうちの子は…」って、
ふと立ち止まってしまうことがある。
ちゃんと伝えたはずなのに。
分かってくれていると思っていたのに。
それでも届かないと、
少しだけ距離ができたような気がしてしまう。
ふと、あるときに
その「聞いてくれない」という出来事を
少しだけ別の角度から見てみたくなった。
僕は結婚していなければ、
父親として子どもと接してきたわけでもない。
けれど、児童養護施設で
未就学児から高校生まで、
児童指導員として関わってきた時間がある。
正解を知っているわけではないけれど、
その中で感じてきたことを重ねながら、
見えてきたものがある。
子どもが言うことを聞かない理由って、
ひとつじゃない。
たとえば、
言うことを聞かなくても
自分のやりたいことが通った経験があれば、
それは小さな「学習」になる。
このくらいなら大丈夫。
これくらい粘れば、通るかもしれない。
子どもなりに、ちゃんと世界を見て、
選んでいる。
あるいは、
そもそも「分かっていない」こともある。
大人にとっては当たり前の言葉でも、
子どもにとっては少し曖昧で、
輪郭がぼやけていることがある。
どうすればいいのか分からないまま、
頭の中に「?」だけが浮かんでいる状態。
そのときの表現は、さまざま。
モジモジしたり、
ヘラヘラと笑ったり、
黙り込んだり、
少し怒ったような態度をとったり。
けれども、それは。
「聞いていない」のではなくて、
「どうすればいいか分からない」だけ
なのかもしれない。
児童指導員をしていた頃、
こんなことがありました。
ある男の子が癇癪を起こし、
ひどく興奮していました。
どうして怒っているのか聞いても、
「分かんない!」の一点張りで、
話になりません。
「理由が知りたいから教えてよ」と
重ねて聞いても、
「分かんないから、分かんないの!」と、
叫ぶように返ってきました。
その時、ふと感じたのです。
この子は、反抗しているのではなく、
本当に自分の感情の理由が分からなくて、
混乱しているのかもしれない、と。
そこで、問い詰めるのをやめ、
まずは落ち着かせることに専念しました。
「一緒にゆっくり深呼吸してみよう」
と声をかけ、何度か繰り返すと、
少しずつ、その子の呼吸が整ってきました。
落ち着きを取り戻したところで、
一緒にゆっくりと、
その日の出来事を整理していきました。
すると、彼は自分の怒りの理由に気づき、
最後には、すっきりとした表情に
なったのです。
結局、彼が怒っていた理由は、
「友達と言い合いになった時、
指導員が仲裁に入ったけれど、
友達の言い分だけを聞いて、
自分の話を聞いてくれなかった」
ということでした。
蔑ろにされたような気がして、
そのやり場のない気持ちが、
「分かんない!」という癇癪に
繋がっていたのです。
大人から見れば、
ただの「言うことを聞かない、扱いにくい子」
に見えたかもしれません。
でも、その心の奥には、
ちゃんと、彼なりの「理由」がありました。
そしてもうひとつ。
子どもに何かを伝えた“その後”の関わり方も、
実は静かに影響している。
言われた通りにやって、
「できたよ」と報告しに来たとき。
もしそこで、反応がなかったり、
返事がなかったりすると
子どもからすれば、
これで良かったのかどうか
分からないままになる。
その曖昧さが積み重なると、だんだんと
「言うことを聞く意味」が薄れていく。
子どもは、ロボットでも人形でもない。
ちゃんと意思があって、
考えて、感じて、選んでいる。
だからこそ、
「この子はこういう性格だから」と
決めつけてしまうと、
その関係は少しずつ固まってしまう。
誰にでも、子どもだった時間がある。
だからきっと、
完全には思い出せなくても、
その視点に近づくことはできる。
少しだけ目線を下げて、
同じ高さで景色を見てみる。
そのとき、
今まで見えていなかった理由が、
そっと輪郭を持ちはじめる。
声のかけ方や、反応の仕方を
ほんの少し変えてみるだけで、
関係の温度が変わることがある。
子どもはまだ語彙力が少ない分、
言葉足らずでお互いに
誤解してしまう場面もある。
だからこそ、ときどきでいい。
「子どもの視点に立ってみる」ことを、
そっと取り入れてみる。
それだけで、
届かなかった言葉が、
少しだけ届くようになるかもしれない。
ほんの小さな変化かもしれないけれど。
そんな瞬間が、どこかで生まれたら嬉しい。
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