GoodmorningGOKURAKU
「南無西方極楽世界光明摂取身阿弥陀仏……」
線香が立ち込める暗がりの中。聞こえるのは自分が打つ木魚の音と読経だけ。俺しかいないはずの場所で、一本きりの蝋燭の炎が、風を受けて消えた。
誰かがいる。
殺気を避けて横っ飛びに転がる。顔を上げる間もなく、振り下ろされる攻撃を、手にしたバチで受けた。
ガキンッ
弾き飛ばした相手が離れた位置に着地するのが、暗闇でもわかる。
「慣れてるな」
感心したように男は言った。
「初めてじゃなくてね。嫌なご時世だ」
俺は肩をすくめて見せる。相手はどうせ暗視ゴーグルでもつけているだろう。
「ひどいな、高かったのに」
木魚のバチは鉄製だった。だが、今の一撃を受けたせいでひしゃげている。
「この期に及んで金の心配か。生臭坊主だな」
「生臭のほうがあんたらには都合がいいだろ? 思想調整委員会さん」
「名乗ったつもりはないが」
「無害な坊主にこんな仕打ちをするやつなんて、そういないもんだよ」
今や世界は、巨大人工知能サンクチュアリの号令で動いている。法律も、政治もだ。それは人類史上類を見ない思想統制へと当たり前の顔で切り替わった。矛先は、伝統的な宗教にも及んでいる。
「やり口が乱暴すぎる」
俺は首を振った。
「もっと静かに、穏やかにやらないと。反発を呼ぶだけだ」
突然の爆風。
壁が吹き飛ばされ、光が溢れた。
「だから、静かにって言ってるのに」
外からの光が、金無垢の仏像に当たって乱反射する。暗視ゴーグルが仇となった男は、眼鏡を投げ捨て毒づいた。
「問題ないかあ、くそ坊主!」
ブレーキ音を響かせて、霊柩車が現れる。
サングラスをかけ喪服に身を包んだ葬儀屋が、窓から怒鳴った。
「ご覧の通りだよ」
耳元で、かちりと撃鉄の音がした。俺の頭に銃が突きつけられる。
目を押さえているのは間抜けだが、土壇場の諦めの悪さは評価してもいい。
「問題がなくて何よりだな!」
「グラサン外すか?」
どうもあの葬儀屋には、人の窮地が見えないらしい。
【続く】
