【noteでBL】宇宙人ポール【5000字小説】
ジャンル
SF
あらすじ
ーーふと、振り返るとそこには、宇宙人が立っていた。
某国の大統領府がどさくさに紛れて発表した「宇宙人はいる」宣言がきっかけで、地球にやって来る宇宙人は増えている。
とはいえ、都会でもない地元には現れないだろうとたかを括っている、とあるカフェのバイトの“僕”。
初めて見る宇宙人のお客様は、変わり続ける顔を持つ宇宙人だった。
一見して平和に紡がれる二人の交流の、不確かさと不安定さに、僕は気づくこともなく……。
宇宙人ポール
ふと、振り返るとそこには、宇宙人が立っていた。
「いらっしゃいませ」
宇宙人が、僕がバイトをしている喫茶店に来るのは初めてのことで、僕は、咄嗟にそんな当たり前の挨拶しかできなかった。
なんだかもったいない。せっかくの宇宙人なのに。
初めて見る宇宙人は、僕ら人間(宇宙人に相応させるならこちらを地球人、とあらわすべきかもしれない)と、基本的な見た目はそう変わらないように見えた。なんなら、スタイルや雰囲気はかなり“良い”ほうだと思う。黙って立っている後ろ姿など、ファッションモデルか何かのようだ。
けれど、顔だけがノイズの走ったテレビ画面をザッピングしている最中みたいに、一向に定まらないでいて、ああ別の種類の生き物なのだ、ということがどうしたってわかる。
某国の大統領府が他国への軍事介入のどさくさに紛れて「宇宙人はいる」という発表をしれっとして以来、地球における渡来宇宙人の人口動態は大幅に変化した、らしい。
もっとも、地元では宇宙人なんてちっとも見かけないし、そんなのは都会のごく一部の話だと思っていたのだ。
カウンターに座った宇宙人をこっそりと眺めていると、顔を上げられて目が合ってしまった。多分だけれど。
目の中では、キラキラとはじける光がちらついている。
気まずい。
いかに珍しいからといって、紛れもなくお客様だというのに、じろじろと見るなんて。
これまでにない存在との交流が生まれることで、これまでにない脅威にさらされることになるのじゃないかと、巷では“宇宙人”とどう接するかで、物議をかもしている、らしい。
僕はそういう世間の話には疎いから、詳しいことは知らないのだけれど。
危ないとか、怖いとか、そういうネガティブな反応も少なからずあるみたいだ。
とはいえ、こうして座っていると、人間もとい、地球人と何も変わらない。
宇宙人は、コーヒーを一杯とチョコレートケーキを頼んだ。
チョコレートケーキの乗った皿を出す時、つやつやした漆黒のグラサージュの中に、宇宙人の時折光りながら、変わり続ける顔が映って見えて、それが直接は見たこともないはずの宇宙空間のようだ、と思った。
「僕の顔、変ですか」
と宇宙人が言った。
当たり前のように普通の、日本語で。ただし、たくさんの人間の声をつぎはぎにしたみたいな声だった。
「聞くまでもないか、変ですよねやっぱり」
宇宙人は、肩を落として気落ちしたような雰囲気になった。
その合間にも、肩の上では混沌とした映像が切り替わり続ける。
「そうですね、えっと。宇宙人の方、ですよね。ええとつまり、地球人じゃないという意味で」
我ながら、何を妙な言い方をしているんだと思うと、顔が赤くなる。
「はい、地球人ではありません」
三人分の少女のような声が返事をした。
「地球人のような見た目ではないな、と思いますけどでも、あの……すごく綺麗だなって」
うまく言葉が紡げなくて、ドギマギする。
こちらの気持ちが移ったわけでもないだろうけれど、宇宙人は、はにかんだ顔で笑ってみせた。
顔、といっても、ぐるぐると動きを止めないそれは、モニターか蜃気楼のようで。いろんな、見たことのない映像が浮かんでは消えて、消えてはまた浮かぶ。そして時折挟まるのは、ノイズ混じりの真っ黒い空間に、スパークする光。
それでも“はにかんだ”とわかったのは、口元だけが変わらないからだろう。
すこし緊張しているように引き結ばれた、薄い唇が、微かに右側だけ持ち上がるように引き連れて震える。
宇宙人でもはにかむんだな、と思うと、なんだかおかしかった。
何を気に入ってくれたのか、それ以来、宇宙人は定期的に店に来るようになった。
決まって、僕が一人で店に立っていて、他にお客様が誰もいない時に彼は現れる。
顔は、相変わらず、壊れたテレビのようだ。
最近は、テレビというもの自体を見る機会が少なくなっているから、そういうたとえに出すのも、適切じゃないかもしれないけれど。
宇宙人さん、と呼ぶわけにもいかなくて。
とはいえ名前をそもそも聞いても良いのかがわからなくて。なんて声をかければいいのかと迷っているうちに、そのままになっている。
「僕の種族はもともと決まった顔と言うものが無いんですよ」
と、今日も彼は優雅にコーヒーカップを手にしながら言う。
すっかり常連と呼んでも構わないくらいの彼とは、こうしておしゃべりをすることも増えた。
見たことも聞いたこともない、彼がこれまでに行ったことのある、宇宙の別の星のことを、まるで冒険譚かおとぎ話を聞くような気持ちで聞いているうちに、彼自身の話になった。
そういえば、彼が自分の話をすることは、これまでになかった。
彼の細くて、僕の手よりも本数の多い指の間から、コーヒーカップの模様が見える。複雑に絡み合った蔓草模様と角笛の意匠の中にたたずむ、不可思議な動物たち。
店長からは、あまり使わないように言われているカップアンドソーサーは、どうやら高くて貴重なブランド品らしい。でも、彼に出すコーヒーはついこれを使いたくなってしまう。店長には内緒にしている。
コーヒーカップの、濃紺と乳白色のコントラストが、彼に似合うのだ。
「僕たちは、同じ種族同士では顔が無いことが顔、のようなもので。故郷にいるときには、顔を必要としないのですが、他の星ではそういうわけにもいかないでしょう」
ノイズの走るテレビ画面のようになったそこに、ザザ、と誰かの顔が映し出される。人間の顔だ。誰なのかはわからない、どこか作り物めいた歪な笑顔。それが、ぐにゃりと崩れていく。
「だから、他の星の方の前ではなるべく、その方にとっての“普通”に合わせた顔をしておくようにするのが、我々のマナー、とされているのですが。どうにも、僕はそれが下手くそで。うまくできないんです」
顔がうつむいて、しょんぼりとした雰囲気がにじみ出る。
彼がすっと身体の力を抜くと、顔の中が黒く渦巻く、例の宇宙空間になった。初めて来た日に出したチョコレートケーキのグラサージュ。手元のコーヒカップの色と同じ色合い。乳白色に光る星。
「でも、綺麗だなって思いますけど」
パッと、勢い良く顔をあげられて、自分がなんだかひどく気恥ずかしいことを言った気がして、今度は僕のほうがうつむいてしまった。
「前にも、そう言ってくれましたよね」
彼の顔の中の星が増えたように見えた。
それきり、彼のほうでも黙ってしまったので、なんとも居心地の悪い空気が流れた。
「えっと、お客様……は、地球の言葉が上手ですね」
「ああ、これはそういう機能を使っているからで。実際の僕は今も、僕の星での言葉を話しています」
彼が、顔の前で手を振ると、これまでの色んな音が混ざり合ったような声じゃなく、ノイズのない、低い綺麗な音が聞こえた。
「『ポウルぷえろしゅ△■ヴぁキレーるぁくわ▼□◎ポウルストヴぁるきぇいるみねリア』」
これが多分、宇宙人の本当の声なんだろう、とわかった。
聞きなれない発音に、ところどころ、言葉が聞き取れない。何を言われているのかわからなくて目を瞬く。
「えっと、今のは……?」
「なんだと思います?」
音がまた元に戻る。
そう言われても、なんのことだか見当もつかない。
「えと、お客様の、名前を教えてくださった、とか?」
おそるおそる尋ねてみると、彼は驚いたように目を見開いた。
「当たりましたか?」
「そう……ですね」
低い声がささやくように繰り返された。
あいにく聞きなれない言葉過ぎて、せっかく名乗ってもらってもどんなことを言っているのかちっともわからない。
「ポウ……?」
「『ポウル○●ろしゅ△■ヴぁキレーるぁくわ▼□◎ポウルストヴぁる★☆いるみねリア』」
「すみません“ぽーる”が二度出てくるところは聞き取れたんですけど」
「じゃあ、それでいいですよ、ポールで」
「……それでって」
「なんだか地球人の名前みたいで、いいですね“ポール”」
丁寧にコーヒーカップをソーサーに戻して、宇宙人こと『ポール』と名乗った彼は指が七本のほっそりとした手を、僕に向かって差し出した。
(……握手?)
意図がつかめないまま、ほとんど条件反射のような気持ちでその手を握り返すと、枝のような指が絡みついてくる。
慣れない感触に戸惑っていると、繋いだ手がかすかに振動しているのがわかった。彼が笑っているのだ、ということに気が付くまで、手は握られたままだった。
「君は、ちょっと素直すぎますね。無防備であぶなっかしい」
「あぶなっかしい?」
「だめですよ、素性も文化も言葉もわからない相手の言うことを鵜呑みにしちゃ」
7本の指が、パッと開いて解放される。
「知らない相手にあまり関心を持たないようにって、地球では教えないんでしょうね。平和な星だ」
つぎはぎの声の調子が、どこか苦しそうに聞こえた。
「ポールさんは」
「はい」
「どうして、地球に来ようと思ったんですか」
「どうして……」
「あ、すみません。こういうのって、デリケートな質問だったりするんでしょうか」
宇宙人の知り合いなんていないものだから、どうにも勝手がわからない。
「いいですよ。そうだな、わかりやすく言えば出稼ぎです」
甲高い声と、重低音が、交互に絡み合うように聞こえる。時折、ノイズが走る。どこか、遠い土地から届くラジオの電波みたいに。
「出稼ぎ、ですか」
「そう、この星にしか無いものは色々とあるので。そういうものを、僕たちは昔から集めているんです。欲しがる相手が多いから」
宇宙人の存在を認めたのは最近になってのことだと思っていたけれど。一部では秘密裏のうちに、貿易のような関係があったのだろうか。
「すごいお仕事ですね」
「別にすごくは……ああ、見せたほうが早いかな」
ポールさんはカップとソーサーを、僕に見せつけるように掲げてから、おもむろに7本の指を絡みつけた。
さっき僕の手に絡みつけたように。
そうして、あっという間にカップもソーサーも、彼の手の中からなくなってしまう。
後に残ったのは、キラキラと舞う砂のようなもの。それすら、空気の動きですぐに飛んで見えなくなった。
「え……?」
「いつも、同じカップで出してくれましたよね。綺麗だなと思って、気に入っていたんですよ」
「カップは、どこに……?」
「今はここに」
そう言った彼の顔に、カップに描かれた模様が浮かんだ。蔓草と角笛、乳白色の不思議な動物たちが、目の前のポールさんの顔として息づいて、掻き消えるように見えなくなった。
「この国の言葉では“かみかくし”って言うんでしたか。そういうの、だと思ってもらったらわかりやすいかもしれないですね」
ポカンとしている間に、彼の手がもう一度伸びて来て、僕の手を握ろうとした。僕は思わず、その手を振り払った。
彼は、やれやれとでも言うように肩をすくめる。
「そう。それくらいの警戒心は持っておいたほうがいい。何を言われているのかわからないくせに、安請け合いはしちゃダメですよ」
「安請け合い、って」
さっきの、あの長い言葉のこと、だろうか。
あれは名前を名乗ってくれたわけじゃなかったのか、だとしたら、あれはいったい。
「昔に比べて国際協定が厳しくなっていまして。“物”なら、お目こぼしをされるんですけど、個人として生きている生き物になると、黙って連れて行ったりはできないことになってるんですよ。人権だとか何か」
「連れて、って」
「だから、許可を取るんです。もっとも、許可を得る時の言語に決まりはないのが、抜け道と言えば抜け道なんですが。さっきみたいにね」
低い、流麗な声で、宇宙人の言葉が繰り返される。
意味はわからないままだ。けれど、
「僕はここ以外のどこにも、行く気はないんです」
と震える声で答えた。
「それでいい」
彼の長い指が、一瞬かすめるように僕の頭に触れた。
目くらましのような、眩しい光が一瞬店の中に満ちたかと思えば、もうそこには誰もいなかった。
辺りを見回しても、宇宙人のポールさんはいない。
「今日の分、食い逃げ……っ!?」
探しても、今日の分の会計が置かれていたりも、ない。
自分の身に何が起こりかけたのか、ピンとは来ないけれど。
「神隠しって、言ってたな」
もし、あのまま手を繋いでいたら。
カップと同じ目にあっていたのではないだろうか。
彼の中に取り込まれて、この星から自分はいなくなる。そうしてキラキラ舞う砂になって……。
けれど、目下の心配としては、
「カップ、店長になんて言い訳しよ」
その点に尽きるのだ。
ご挨拶
はじめましての方も、そうではない方も。
お読みいただきありがとうございました、四四田です。
noteでBL、今回のお題は、
「ふと、振り返るとそこには」を書き出しにした
「過去回帰や回想無し」の
3000〜5000字のブロマンス〜BL小説
でした。
あと、個人的に「振り返った先にいたのは宇宙人ポール」という縛りを頂戴しておりました。
※SFコメディまではハードルが高くてできなかった。
毎度おなじみ、「これってBLなのか?」や、
書き出し始めたのが提出日の前日(3/15)になってからだったとか、
そんなこんなは、別記事のあとがき記事にまとめさせていただきたいなと思います。
あとがき記事まで読んでる時間ないよ!という忙しい現代の皆様のために、創作意図を一言で表すことに尽力しますと、
『上位存在がいつもどおり下位存在を搾取しようとしたら対象が存外に無邪気で毒気が抜かれて害をなすのをやめた』
という、古来からよくあるおとぎ話のあれです。トート閣下が幼シシィを黄泉から返してくれた的なあれです。♪たーすけてーくれーたーの~
いや今回めっちゃ難しくて何度も筆が止まったのは、何しろ、
過去回帰や回想無し
ってところでした。これがね―難しかったですねー。
※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。
