【百人一首で百人百色】むべ山風を嵐と言ふらむ
こちらは企画参加作品です。
三羽 烏さんの小倉百人一首それぞれの歌をモチーフに百人百色の物語と絵を集める、という素敵企画です。
なんと雅やかな……
参加の機会をいただき、ありがとうございます。
月は東にさんがこちらに参加されてるのを拝読して、企画を知りました。
個人的にめっちゃ好きなんですよ…。
別の歌で別視点の続きも出されていますし、他の投稿作もあげていらっしゃいます。
いいからみんな、ちょっと読んできて……。
#百人百色 のタグのもと、素敵な作品が続々と集まっており、難しそうだなあとも思ったのですが、勇気を持ってチャレンジしてみたいと挙手しました。
歌は予約制。
僕が選ばせていただいたのは、22番。
ふくからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐とい言ふらむ(古今集 秋 249)文屋康秀
ずっと頭の中にいるキャラクターが、自分的に「嵐を呼ぶ男」な存在だったのですが、まだ一度も書いてあげたことがないので、この歌で表に出せたらいいなと思って選ばせていただきました。
結果、
全然ご新規さんたちが脳内に現れ、予定と違う話になりました。
予定外過ぎます。
(そして四四田的嵐を呼ぶ男、今回も出番なしという……)
そんな筆者の戸惑いはさておき、お付き合いくださいませ。
本文は2,000字ちょうどです。
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「山城さん! 俺と作品を作ってください!」
才能と若さに溢れた、何もかもを薙ぎ払う嵐みたいなエネルギー。
そんなものに振り回されるのは、まっぴらごめんだった。
繁華街の外れにあるビルの地下。
ダンス教室の受付カウンターで、デスクワークをしていると、入口の扉が開いた。営業時間にはまだ早い。いぶかしく思って顔を上げれば、懐かしい相手がいた。
荒井理央。
昔、俺のパートナーだった相手。
「颯の話、断ったって?」
挨拶も抜きに、そんな言葉を吐く。
数年ぶりだと言うのに、一瞬、昨日も一緒に稽古場にいたかのような錯覚に陥った。
でも実際はそうじゃない。
理央は、一人でチャンスを掴んで海外に渡った。俺を置いて、なんて言い方をしたら恨みがましく響くけれど、彼女は今では、世界で活躍するスターダンサーの一人になっている。その事実が、彼女の選択の正しさを物語っている。
比べて自分は、しがない雇われダンス講師にすぎない。
「帰って来てたのか」
「うん、今度のジゼル。あれに出る。ユキもでしょ」
理央は、なんてことのない調子で言った。
俺がかろうじて所属できているバレエ団の、定期公演に毎年、海外からのゲストダンサーが出る枠がある。それが今年は理央だ、ということらしい。
「何やんの」
「ミルタ」
昔だったらここで、「ユキは?」と聞かれているところだ。でももう、聞かれない。群舞に決まっているからだ、と卑屈な意識が頭をもたげる。
「それで、颯は気に入らなかった?」
「気に入らないって言うか」
昨日のバレエ団での稽古終わり、見慣れない若い男に急に声をかけられた。
男は、野分颯と名乗った。知らない名前だ。
「藪から棒に、一緒に作品を作れって」
「断られたって落ち込んでたよ」
「断ったよ、あいつがどこの誰かも知らない。知り合い?」
「一応後輩。今年、うちのカンパニーに入ったの。踊ってるとこは見てあげなかったの?」
「見てない。えーと、今のパートナー?」
理央が首を振る。
「日本でユキのいるバレエ団の公演に出るって言ったら、勝手についてきただけ。ファンなんだって、ユキの」
「は?」
予定外の言葉に、間の抜けた声が出た。
「テンペストだっけ。昔、ユキが振り付けた小品があったでしょ? あれを見てるの」
随分古い話を持ち出されたもんだ。
理央が日本を出て、すぐの頃。自分もまだ、世界に出て行けると漠然と信じ切っていた頃に作った作品。
「何年前だよ」
「8年前? あれを見てバレエ始めたって」
8年。
そこからバレエを始めて、もうあんな一人前の顔をしていられるのか、と思うと、身体の中で何かが込み上がって来る。何も成果を上げられず、絶対にここから出て行けないということを、思い知るだけだった自分の8年との、歴然とした差。
才能と若さ、無根拠の自信。
今日よりも明日は、もっとうまく踊れるように。踊れば踊るほど、何かに手が届いていく。そうやってすべてを注ぎ込んで、追いかけた変化はより良い結果しか生まないと、信じ込んで疑わない、まだ挫折を知らない、若いダンサー。
「颯って、昔のユキに似てる」
渦巻いていた思考と感情の波に、ピリオドを打たれた気がした。
「怖いものなしなところ。……ねえ、ユキ。なんで何度も連絡したのに、全部無視したの」
理央の声のトーンが変わった。
「うちに来たらって言ったよね。どうして来なかったの」
「昔のパートナーのコネにすがれって?」
「ユキは関係のないことばかり気にしすぎる。どうしてもっと、踊ることだけを考えられないかな」
理央は、踊ることだけを考えていられる。
自分はそうではない、ということをかえって突き付けられた気がした。
歴然とした差は、見知らぬ若いダンサーとの間だけではなく、理央との間にも横たわっている。
自分も、嵐を巻き起こせる側だと信じていた。
実際はどうだろう、嵐に負けて打ち捨てられる、その辺の雑草か何かだったんじゃないか。
「ユキは本気を出したときに、他のことはどうでもよくなる自分がわかってて、そうなるのが怖いだけだよ」
理央は帰り際、YouTubeの非公開URLを送ってきた。
あの男、颯が踊っている動画。
再生するつもりはなかったのに、指が当たって動画が始まる。
マナーモード設定のままの、無音の動画の中で、理想を具現化したような人間が一人、躍動していた。
あってほしい位置に脚が伸び、あってほしい位置に腕が上がった。
ざわり、と自分の皮膚の下で何かが蠢く。その衝動には見て見ぬふりをして、それでも目を動画から離すことができない。
見て見ぬふりをしていても、嵐のような衝動はそこにある。
妬み、僻み、それから希望。
もしかしたら、自分にはできなかった、自分の望む通りのものを、この人間だったら踊れるのかもしれないという、執着じみた希望。
『俺と作品を作ってください!』
挫折を知らないダンサーの声が耳にこだまする。
「一緒に、作る」
そんなことができたら。
遠ざけ続けてきた、嵐が来る予感がした。
