おばあちゃん
私には祖母が3人いた。
母方の祖父には離婚歴があり、母の生みの親と育ての親は別の人だった。
3人の祖母は性格はそれぞれ違えど、みんな私に優しかったが、今回書くのは血の繋がっていない祖母のことだ。
祖父は大手電機メーカー系列の会社を経営していた。
だが戦争から帰ったばかりの若い頃は、歓楽街でクラブを経営していたらしい。
祖母はその店のママだった。
祖母に実子はいない。
祖母にとって母は再婚相手の連れ子だった。
いつも綺麗で、若々しかった。
血が繋がっていないことは特に私に隠されることもなく、子供の頃から知っていたが、気にしたことはなかった。
子供の私と目線を合わせて、よく遊んでくれた。
私はこの祖母が好きだった。
10歳の頃、私は服が好きになり、買い物に行って自分で服を選ぶようになった。
それを知った祖母は、よく土曜日に私を買い物に誘ってくれた。
デパートやファッションビルで洋服を選び、帰りに食事をするという流れだ。
祖母はこれを「デート」と呼んだ。
小学生相手に、女性(祖母)とデートをする時のマナー講座があった。
道を歩く時や、階段、エスカレーターでの男性の立ち位置。
ドアは先に開けて待ち、笑顔で「お先にどうぞ」と言うこと。
食事の席では女性の椅子を引くこと、など。
それらを自然にこなしなさい、と言われた。
寿司屋や蕎麦屋、レストランでの食事の作法を最初に教えてくれたのも、この祖母だった。
「あなたに恋人ができた時、恥をかかないように」
と、よく言っていた。
私が高校生の頃、街中で撮られた写真がファッション誌に掲載された。
その雑誌を持って祖母の家に行った。
祖母は私が思っていた以上にそれを喜んだ。
「小学生の頃から私と服を選んだから、おしゃれになれたのよ。顔だって私にそっくりだしね」
血、繋がってないよ、と言うと、
「そんなの、一緒にいれば似てくるものなの」
と、笑って一蹴された。
晩年、祖母と母の折り合いは良くなかったが、私はずっと祖母のことが好きだった。
食べることが大好きだった人が、病気で食べられなくなっていった。
それでも死ぬ間際まで、何度も2人で「デート」をした思い出の店を巡り食事をした。
祖母はもういないけれど、私の妻は、この祖母と性格が似ている。
細かいことを気にしない。
食べることが好きで、よく笑う。
血の繋がっていない祖母から、私はこれだけ影響を受けている。
祖母と2人で、よく通った神社の裏の甘味処で、かき氷を食べながら、そんなことを思い出した。
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