深夜の足音
私の住む県に、都心から車で三十分ほどの距離に、海沿いの半島がある。
海水浴場が点在し、岬からの夕陽が有名で、週末になると若い客層向けのカフェやドライブ客で賑わうエリアだ。
海と山が同居する土地で、都心の喧騒からは離れているのに、アクセスの良さから移住者も増えている。
そこに、別荘が立ち並ぶエリアがある。
妻の職場が所有する保養所が、その別荘地の中に一棟あった。
無料で借りられると聞いて、家族三人で行ってみることにした。
妻の同僚からは「まあまあ古い」と聞いていた。
現地に着くと、周囲の別荘はどれも新しく、綺麗で期待は膨らんだ。
地図を頼りに奥へ進むと、目当ての建物が見えた。
そのエリアで一番古い建物だった。
サスペンスドラマやホラー映画に出てくるような、時代を感じる別荘。
内装も外観と変わらなかった。
とはいえ海は近いし、遊ぶのにも食事にも全く困らない。
特に問題もなく一日を遊び尽くして、夜になって家族三人、床についた。
深夜、怯えた顔の妻に起こされた。
「ねえ、さっきから二階で音がする。霊とかじゃない感じ。足音というか、何かが動いてる」
霊を見たことがないのに「霊とかじゃない感じ」の意味がわからない。
突っ込みたかったが、ひとまず、それどころではない。
不審者の可能性は無視できない。
子供を連れてすぐ車に避難する用意をするよう妻に伝え、丸腰は不安だったのでキッチンから包丁を二本取り出し、両手に持って二階へ上がった。
部屋を一つずつ確認した。
クローゼット、押し入れ、人が隠れられそうな場所は全て見て回った。
窓の鍵も全て確認した。
しかし、全て施錠されていて、誰もいなかった。
一階に戻り、安心させようと笑顔で妻に伝えた。
二階には誰もいない、鍵を開けられた形跡もないから、聞き違いだろう。
妻もそれで納得し、再び眠りについた。
翌日、何事もなくその別荘を後にした。
後日、妻の同僚が同じ保養所に泊まった。
夜中に同じ物音を聞き、二階に上がって確認することもできず、怖くて眠れなかったという。
職場に報告したところ調査が入り、屋根裏にハクビシンが住み着いているのが見つかった。
物音の正体は、夜中に屋根裏を歩き回るハクビシンの足音だった。
妻はそれを聞いて、やっぱり聞き違いじゃなかった、と足音の原因も解明され安心していた。
そして、その時になって言われた。
「あの時、包丁を両手に持って、暗い階段を笑顔で二階から降りてきたあなた、殺人鬼みたいだった」
