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yuriが古本屋さん通いを       やめたのは・・・          されど我らが日々ー   重すぎた言葉


懐かしいな この風景 たくさん お世話になったよね

古書店ってもともとyuriは好きでした。
まぁ、今なら多分、皆さんはブックオフさんとかを利用される方は多いでしょうね。ゲームソフトとかありますしね。

yuriの場合は、御茶ノ水駅で下車、方向は逆なんですけど、聖橋から北をなんとなく眺めるのが好きでした。
丸ノ内線の赤い電車が、地上に現れる場所で、1本の電車が通過するまで、ずっと見ていた記憶があります。電車が好きだったのだと思います。
庵野秀明さんが好きなのはそういう所もあるかもしれません。

総武線 中央線 丸ノ内線 3本を 見ることができる 聖橋

神保町の古書店街に、池袋方面から行く場合は、丸ノ内線を利用した方が、多分理にかなっているかもしれません。
今は、改善されていると思うのですが、ある一時期までは。銀座線や、丸ノ内線は、電車を動かすための給電方式に特徴があって、ポイント通過時に車内の灯が消え、一瞬だけ非常灯に切り替わるってそんな記憶があったりします。茗荷谷で、一度、地下から地上に、水道橋を経て到着というルート。

yuriは、この丸ノ内線を利用せずに、山手線で代々木から、総武線に乗り換えるという方法をいつも選んでしまいます。
総武線は、神宮球場に、阪神タイガースの試合を見るためによく利用していましたし、慣れからなのでしょうか?

でも、多分それは違っていて、地下鉄という闇が怖かった。
そして、過去のサリン事件がこころのどこかで、丸ノ内線利用という選択肢を打ち消していたのかもしれませんね。浅草に行くにしても、上野経由の東武線利用とか。丸ノ内線さんごめんね、貴方が悪い訳じゃないのよ。yuriが臆病だっただけかも。

旧500系 丸ノ内線 車両 637 - 304 - 656+753 - 754+696 意味が あまり乗ったことないけどね

御茶ノ水駅から、徒歩で約15分、街並みを眺めながら、歩く道は、東京という街の中でも、少し、ゆったりした気持ちになることが出来たような気もします。

このnoteでもどなたかが触れられておりましたがこの地域一帯が、空襲から免れた地域であったこと、皇居に近かったこと。いろいろな要因が複雑なゴーディアン・ノットを形成していったからかもしれないと考えたりします。

神保町のシンボルと言えば ここ

yuriが好きな建物の形式に、看板建築というものがあります。
興味のない方には、ただの古ぼけた、ぼろぼろの建物という印象を持たれるかたも少なくないと思います。

看板建築の面白いところは、表(正面)は西洋っぽい顔をしてる癖に、奥(裏)は日本建築で、申し訳程度に表だけをお洒落して、スーツの上着に、下は、和装の袴で決めるという、なんともアンビバレンツな表情が、どこか茶目っ気があるというか、抜けてるところが、yuriと気持ちを通じるのかもしれません。この地域の風景の結び目には、看板建築も絡んでしまっているかもしれませんね。

正面だけは 西洋人です でも 裏側は? 「されど我らは日本建築ー」

長い距離を歩くわけではないので、ちょっとした考え事をしているうちに目的地に着きます。
古書店という場所は、ちょっと黴臭かったりもしますが、店によっても微妙に、その香りは違います。ただ、共通するのは、図書館の香りに近いということで、精神的な安定作用がありそうです。

やっぱり 趣かあります わーい 本がいっぱい

お店の中は、少し薄暗かったり、店の店主さんは、何か思索的に本を読んでいて、故意に、お客さんとの視線の交わりを躱している方が多いようです。
お客さんが、ゆっくり、目当ての本を探せるように気を遣ってくれているのかもしれませんね。

当初の販売価格は340円 yuriが所持していたのは帯なし amazonで新品7506円 帯有だからかな

yuriは、ある一冊の本を、手にしてみました。
薄緑で飾られた本。”柴田翔”
「されど我らが日々ー」(されど我らが日々ー・ロクタル管の話)文藝春秋

遠い過去の芥川賞作品だった、という記憶があるだけで、読みたいという気持ちはあまり、なかったはずのものでした。ただ、以前にも書いた、yuriの家庭教師の先生に、いつか、yuriが、学生くらいになった時。気が向いたら、読んでみるといいよと言われた記憶があるだけ。それだけだったと思います。

1960年代に発表された、時代の断章のような作品ですから、多分、その時代の新刊本を扱う書肆であっても、文庫本としての扱いになっている可能性が高く、本来の形の「されど我らが日々」を入手するために、yuriは神保町を訪れたのではないかと、記憶を辿ったり。

立ち読みをしてみたいという気持ちもありましたが、純文学的な作品は、雑誌や、漫画とは違って、自宅でゆっくりと読むべきものですし。
だから、本の状態だけを確認して、店主さんに購入する意思を伝えました。
別に、収集家ではありません。初版本かどうかも意味はありませんし、帯付きではなくとも、中の文章が変わるわけでもありません。
表面の表紙の汚れと、ざっとページをめくって、落書きがないかどうかだけを確認すればよいのです。

テニエルさんより ラッカムさんが好き 絵が優しいから

目的の本を手にした、yuriはちょっとした充実感に満たされます。
せっかくの神保町ですから、後、二軒ほどの古書店を訪ねてみました。
あるのかないのか分からない、アーサー・ラッカムの挿絵の「不思議の国のアリス」か「画集」の出物があるかな?くらいの軽いノリです。
テニエルの絵は少しきついので、ラッカムの絵に癒されたいってだけですけどね。

後は、三省堂から、紀伊国屋をyuriの足が疲れるまで、将来に読むかもしれない哲学書や、国文学関係に、目新しい小説など、気を引くものを物色します。この時代に購入したものは、未だにyuriの書棚を飾ってはいますが、どれをどれだけ読んだのか?と言われてしまうと、書棚にあるだけというものも少なくないような気がします。

三省堂さん 書泉グランデさんは 池袋にもあったから

本を購入するというのは、すぐ読むことを前提に購入しないと、yuriの書棚と同じ憂き目にあっちゃいますよ。(笑)

御茶ノ水駅から、神保町までの行き来は往復で、30分程度ですけれど。
本と本の間を3時間近くは歩き回るのですから。結構、足に負担はかかります。本当は、近くの喫茶店で、コーヒーを飲んだりしてみたい気もありますが、本を購入した時は、自宅に出来るだけ早く戻って、目を通してみたいという気持ちが勝るものです。

総武線E231系0番台 車内 出入り口近く 仕切り板 空間なしタイプ 安らげます


電車のドアそばの座席で身体を傾けると、うたたねしてしまいそうです。
こうして、漸く自宅へ戻るというのがyuriの文学散歩なんです。

台所で、BIALETTIの鈍重なアルミに、水と挽きたての粉を入れ、分解されたものを元に戻して、文化的かつ合理的なガスの火にかけます。
ドリップや、サイフォンは、ゴミはでるし、邪魔になるので、yuriはずっとエスプレッソ派なんですよね。

実にこの子は合理的 唯一の難点は 取手の部分 炎で熱くなっていて 火傷しそうになります

カップを持って自室へと向かいます。
これからがyuriだけの世界に浸ることができます。

「されど我らが日々ー」を読み始めた時でした。yuriは偶然の一致に、少し驚きました。
春風が髪の毛の間と間を吹き抜けていく、心地良さの5月晴天の日の「yuri」。
とある秋の雨空の「私」。
光景だけは異なりますが、主人公の「私」は、yuriのように、古書店で本を手にするところから、その冒頭が始まっているのですから。


記憶だと この写真が 巻頭を飾っていたような・・・若き日の柴田翔さん

その後のyuriは、「されど我らが日々ー」を生きた登場人物たちの象徴する世代観、作品発表当時の世代観という大きなうねりの中に、徐々に吸い込まれていきました。
ただ、いくつかの問題があって、「されど我らが日々ー」で使われる言葉の意味を理解する必要に迫られたのです。

    第六回全国協議会 なんていわれてもねー 固定支持層はあるけど イメージが    みんなで考える党とかにしておけば 少しは躍進したかもだけど

「地下」「潜る」「武装闘争」「日本共産党」「第六回全国協議会」。
これらの言葉を、ネットを使って調べていきました。
今ならAIに質問すれば、それらの意味と、当時の日本社会においての意味や意義を簡単に教えてくれたかもしれません。当時のネット検索も、今のそれとはかなり異なりますから。yuriがかなり苦労させられたのは事実です。

「されど我らが日々ー」の底流に流れるものは、当時の学生が置かれた思想的な背景の下での、「男」と「女」、「結婚への価値観の差異」、限られた学生の自由な期間の中での「出会い」、そして「別れ」、「生き方」と「死の選択」、「信頼」と「裏切り」なのだと思います。今の時代とは異なり、背景の色に赤が強く差していた時代の中で、とても弱い存在でありながら、最も輝ける時間を過ごしていく。そうした世代としての不確実性を描きたかったのだと、yuriは想像します。

「されど我らが日々ー」という題名が指し示す意味は「我ら」をどう解釈するかにあるのではないかと考えてみたりしました。

徳川吉宗さまに 小川知子さんなのですね どんな映画だったんでしょうね?

勿論、表面的には、「私」であり、婚約者としての「節子」を含めた、登場人物達の「我ら」であるとは思います。
一方で、
「今、人生を振り返って、あの頃の時代をもう一度考えてみないか?そう、時代は流れ、理想という言葉の意味も変わり果ててしまった今。
今だからこそ、そうあってしまった今だから、思い出してみようじゃないか?
あの時代を、一緒に生きた同じ経験をした我々で」
といった、読者を含めた「我ら」と解釈することを、この作品の研究者の多くが支持するかもしれません。

さて、「されど我らが日々ー」をこれ以上語ることは、とりあえず、控えたいと思います。もともと、このトピックは、書評を目的として書いてはいないのですから。

本題に入る前に、少しだけ、現代史を考えると、
「されど我らが日々ー」以降の日本の歴史は、1960年代中盤以降をピークとして、安田講堂事件、新宿での警察との衝突、国会デモ、榛名山事件、あさま山荘事件、よど号ハイジャック事件、学生達が夢見た、理想社会が完全に崩壊していく、この時期の歴史の予言書的な位置づけにも見えたりします。

    セクト15球団 アンチナショナルリーグ MLB こんな時代もあったのですね ここから東地区 中地区 西地区に分けないといけないのかな?

挫折を経験した世代は、大人という枠に取り込まれ、自己矛盾と社会への適応という、反する価値観を抱えていかなければならなかった。
この世代がバトンを渡した世代は、政治への関与を諦め、高度成長という流れに酔い、自分達のアイデンティティを中流階級という共同幻想に求めて行った。

私達は正しかったのか? 宗旨変えをした私達は恥知らずか?明日を見つめよう それでいい

その後を引き継いだ世代も、共産党や、社会主義という言葉が死語と化し、
バブルの崩壊から、世界に冠たる日本から、ただの一流未満という位置付けへの転落にコンプレックスを抱きながら、生きて行かねばならない。

子供から、大人になるための、青春の記憶は、とても脆弱でセンシティブなものかもしれませんね。

私達正義の為に戦います 檄帝国女子高等学校社会研究部 そして大学で活動します 絶対

yuriは、あまり、政治はどうあるべきとか考えたりしません。政治に興味がないからでしょうか。誰が行っても不満はでるし、選挙という義務においても、ただの無力感に苛まれるだけなので。
寧ろ、流れを読んで、こういう方向になるだろうなと、どこかで斜に構えて見てしまうのがyuriの悪いところかもしれませんね。yuriの感じているこのことは、「されど我らが日々」以降、現代までの日本人のその世代が誰もが普遍的に感じている、「無力感」ではないかと考えたりします。

大学に入った 俺たちは戦った 三里塚の戦いで負った敗戦の記憶 国破れて山河在り

「されど我らが日々ー」を読み終え、同時収録されている「ロクタル管の話」を読み、言いしれようなのない、時代を生きた、ある世代が感じたであろう「無力感」を共有したyuriを待ち受け、書物を閉じようとした時のことです。

本というなの構造図=装丁の基礎用語

人間は、書物を読むときに、殆どの方は表の見返しは目に止まり、その装丁に使われた色も認識していると思います。
説明用に乗せた上の写真では、ピンク色ですが、「されど我らが日々ー」の初版本以降のものは、多分、yuriが所有していたものと同じだと考えられますから、深緑だったと記憶しています。

多分、皆さんも、本を読み終えたとしても、普通は、裏の見返しをわざわざ見ることをするとは思いません。違いますか?
yuriもそうなのですが、何故かこの「されど我らが日々ー」を読み終えてしまったことが、全てでした。
そこに書かれていた文字をここに書いてみます。今でも明瞭に記憶していますから、とりあえずは仮名を使わせてくださいね。「されど我らが日々ー」で裏の見返しに書かれた文字で、検索されないように。

      されど我らが日々ーの初期本の見返しの色は深緑 そこに黒字の手書きだから   実は見づらかったんですよ

To Rei Ayanami
From Shinji Ikari

たったこれだけの文字ですが、この「されど我らが日々ー」を所有した誰かが、誰かに対してこの「されど我らが日々ー」を贈ろうとした。
という事実だけは明白なんですよね。
しかも、「With Love 」 だったり、「A gift for you」なんて言葉も一切ないこの「されど我らが日々ー」を「貴方に」、「私から」としか書いてはいない、裏見返しの緑全体に広がる想像域こそが、yuriを古書店から遠ざけてしまった原因なのです。

「されど我らが日々ー」という一冊の古本が、時空を越えて、

To Rei Ayanami
From Shinji Ikari

この文字で、本来の「されど我らが日々ー」から変質してしまった、青表紙本の一つの傍系写本。国文学的な言い回しをするならば、そこまで意味を持ってしまっている古本だということになりませんか?

この「されど我らが日々ー」の成立の仮定を考えると、次のような仮説が考えられるのではないでしょうか?

1、この写本は写本になる前の所有者が、裏の見返しに、書き込むことで、写本扱いになった。
2、元々は正規の本を、所有した2代目以降が、写本化してしまった。

ここは、どう成立したかの検証ですが、問題は、どういう経緯で流本に至ったか?ということの方が重要そうです。

1、碇シンジは綾波レイにこの本を贈りたかった。ただ、結果的に贈ることができずに、古書店に流れたパターン。
これは、綾波レイと碇シンジの関係が本を贈る前に破綻していたということでしょう。どちらかの死別。関係そのものの破綻。それとは別に、碇シンジが綾波レイに贈ることをためらい、贈るということを放棄した場合ですね。

2、綾波レイは、碇シンジに、この本の語る時代を託された(共有化を期待された)場合です。一旦は、受け取った。でも、結果的に内容をリフューズしたとか、難解過ぎてとか、新しい関係の中で過去の綾波レイを恥じたから新彼に見られないように古書店に売却した。とか。

古書店で扱われる書物には、

To Rei Ayanami
From Shinji Ikari

こう言った、青表紙本別系統といった、書いた本人だけが意味を理解できても、更に、受け入れた方も意味は理解できでも、結果的に、このような形で古書店の棚を飾ってしまう。次の購入者は全く、綾波レイや碇シンジとは関係なくとも、その世界の重力から逃れなれない、という連鎖が起こりかねないということをyuriは皆さんに説明してみたかっただけでなのです。

この青表紙本は いかなる系統なのかしら? 謎です

本自体の汚れはなし、ただし、奥書の奥書きが、裏の見返しや、表の見返し、もしかしたら、本文の脇に散発的に付けられてた、ルビ。ルビを追っていくと、柿本人麻呂といろは歌の関係、とかなくてしす。なんてものを期せずして背負わされる人間の身にもなって欲しいなって愚痴をこぼしてみます。

元々、重い内容の「されど我らが日々ー」。そこに、碇シンジと綾波レイの話が加わった以上、その本を諦め、読み終わった後に、購入したお店に売却しに行きました。

その時の店主さんの声は今でも忘れることはできません。

「また、そうなるか、この「されど我らが日々ー」は、誰かが買っても、ひと月前後でここに売りに来るんだよ。買った人がね。そしてまた、誰かが買っていくんだよね、でも、また、私の店に戻ってくる。返品じゃないから、気にしてはいないけどね、不思議な本なんだよなぁ」と。

そりゃそうだよ 曰く因縁がある本なんだから 売れるけど必ず 店に戻る本 怖いよね

そりゃそうだよ、その「されど我らが日々ー」の背中にゃねー、桜吹雪の入れ墨があるんだから、どうやったって、遊び人の金さんだから、店主さん、あなたという奉行所の元にリターンするに決まってるじゃん。

あの事件以来、古書店に足を向けることが出来なくなったyuriです。

※これは、本当にyuriに起こった話です。永遠に売れるけど、また店にひと月前後で、何事もなかった顔で戻り、また売れてしまうという、永遠に終わる事のない、昭和58年6月の雛見沢村。背筋が寒くなりましたか?

あの「されど我らが日々ー」だけは 圭一くんが コンビニに行ったことも 夕食がまだなことも知っているのですよ だから 嘘はつけないのですよにぱ ー☆彡




日本の現代史が示す意味ってなんだろう?柴田翔さんの「されど我らが日々ー」の発表から、60年という月日が流れた現代という時代。
川端康成や、三島由紀夫は、日本文学界の永久欠番となり、殿堂いりした今、柴田翔さんは、文学研究者により、彼もまた、永久欠番を与えられ、殿堂入りが可能な世代になりましたね。彼が残した、戦後日本の思想的な混迷期の時代の評価は誰がするのだろう?そして、バトンと襷を引き継いできたyuri達は、どう生きて行けばいいのだろう?
yuriは明日を生きるために、「立ち盡す今日(明日)」を生きているかもしれないね。

新人類なんて、yuriの世代は言われていた時代もあった。
大人や、メディアは、理解不能なミュータントが現れると、適当なカテゴリ名を作って、そこに押し込み、安心しようとする。
何故か?理解不能のまま、保留できないのが人間だから。
yuriは正確に言えば、新人類第7世代のIcore7でほぼ、最後の生き残りの新人類だと思う。

でも、yuriは、普通の世代のつもり。
社会人までの4年を過ごした、サークル棟には、確かに、消滅しているはずのセクトのあの独特のフォントのスローガンも存在していた。
興味のない、yuriにとっては、ただの装飾物だったけどね。

寧ろyuri世代にとっての脅威だったのは。
「7万円払ってお隣の国にいきましょうよ」ってやつで。とにかくしつこい。断っても、断っても・・・今の勧誘電話と同じ。

ある時、yuriは、その子に言った。
「yuriがそこに行ってもいい、但し、条件があるの。yuriは精神的な神の存在は、信じます。でも、それは形には出来ません。貴方が、それほど、貴方の神を信じるのであれば、たった今、yuriの前で、yuriの前に、その神を具現化して見せて欲しい。そうしたら、貴方の望み通りにその国に行きましょう。さぁどうぞ。」

それ以来、彼はyuriの前に、二度と現れたことはない。
yuriの世代は、もしも、類型化をするなら、アイデンティティ喪失→しらけ世代→新人類→就職氷河期という表の変遷より。

セクトのガラパゴス化→カルト的宗教台頭を無意識で繋げていく、ハブ世代だったという方がしっくりいくのではないかと思っていたりしてしまうのです。

どーせ、現代史なんて、受験歴史の歴史上出題されない項目で、かつ、下手な書き方をすると、時の政府の意思を反映要求された、文科省が、その教科書、まったぁーって。そういう構造だしね。
だから、本当は一番大切な歴史を知らない子がプロトタイプの優位性をなくして、量産化されて、世間の戦場に送り込まれるわけで。

自分という人間の社会的な共通する原初的な無意識から、必要なものを取り上げられて育ってしまう。今起こっている問題の原点は実はここにあるのかなって思ったり。

yuriは、「ネトウヨ」とか「パヨク」とか「カルト」なんて、単語依存しかできない人を好きになれません。批判するコメントに自分が説明を怠り、作られた差別用語で、片づけてしまおうとする層は実在します。だから、ニュースのコメントを見る気にもならない。吐き気がするだけ。やっぱ飲みすぎたか?昨夜・・・
結構、覚醒yuriだったかな・・・
毎日こんなこと考えてたら身体持ちません。
ホップ・ステップ・マックのフィレオフィッシュで。
ポテトM、お塩マシマシ、人生だらだら。
ノンポリ、yuriはそれでいいかなって。

あっ、スマイル0円付けてよね。





おしまい。


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