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テーマノートシリーズ「ルンビニー」

参考はこちら↓

ルンビニーとは、一言で言えばブッダの生まれた地ということです。
当然、聖地ですね。
で、幼稚園や保育園では、その名前にあやかり、子どもたちに仏教を通じて人生を学んで欲しいという想いを込めて、園の名前にルンビニーと名付けるそうです。
試しにルンビニーでググってみたところ、確かに半分が幼稚園や保育園などの機関でしたが、残り半分はインドカレー屋とかアジア雑貨屋とかでした。煩悩ですね。

煩悩にまみれておる

さて、初等教育に仏教を取り入れるべきか?についてですが、これは意見が大いに分かれることでしょう。
日本では浄土真宗の人達が多いので、親がルンビニーを推奨するケースが多いと思います。
とはいえ、キリスト教のご家庭なんかはルンビニーを当然嫌がるでしょう。
なんていうか、もっと柔軟に物事を受け入れれば良いのになーと思います。
世の中、色々な宗教があるわけで、それは全部正解だと思うのです。何故なら生き残っているから。
例えばイスラム教はアルコールを禁止していますが、これはアルコールを飲むことでより多くの水分が必要となり、貴重な水を無駄に消費してしまうのを避けるためだと言われています。
この戒律は、イスラム教の広がっている乾燥地帯には非常に相性が良く、結果的にイスラム教の教えを遵守した民族だけが飢えや渇きを逃れ、現代まで生きて来れたのだと思います。
なので、乾燥地帯にとってはイスラム教は正解だと言えるわけです。
一方、我々日本のような地域では、年中小川が流れ、草木は生い茂っているため、使える水の量が乾燥地帯とは雲泥の差です。
なので、そこまで水をガチガチに節約しなくても生きていけるため、我々日本人にとってはイスラム教の戒律が厳しすぎるような変なことを言っているように見えるということです。
つまり、どの宗教(に根ざした生きる知恵)が正しいかは、場所場所によって全然違うというのが人類歴史学から見た知見だと思います。
だから、ルンビニーの話に戻りますが、仏教の教えを聞いて「へーそんな考えをする人が居るんだ」という知恵をいただくことは、仏教徒だろうがキリスト教徒だろうがイスラム教徒だろうが出来る。するべき。だと考えます。
しかしイスラム教とかは「ウチらの神様が絶対だ、他は偽物だ」という教えを説いていると聞いたので、そういった概念を信じている人達にとっては他宗教の勉強なんて吐き気がするだろうな、、、とは思います。
とはいえ、現代社会では、数千年前の教えをひたすら守るのもどうかと思いますよね。
だって、インフラが発達し、乾燥地帯にも何百ガロンの水を簡単に持ち運ぶことが出来るようになったのに、まだ数千年前と同じように生活を犠牲にして教えを守るのって、思考停止だと思うんです。
「おれたちは数千年これで生きて来れたから、この教えだけを守っていけばいいんだ」という考えでは、やがて大きな変化の波が来たときに、その教えごと呑み込まれてしまい、消滅してしまうでしょう。
宗教で大事なことは、その教えが広まるに至った歴史的背景や戒律の意味を深掘りして自分の知恵に落とし込むことであり、ひたすら自分の神を賞賛するだけの偶像崇拝に成り下がってはいけないということは、常に気を付けておかなければなりません。
そういった意味で、仏教に限らず、色々な宗教のことを学ぶことは、自分の人生を豊かにする上でも、自分の子孫を1世代でも長く未来へ送り届ける上でも、重要だと思っています。

まあ、最近は「科学」という宗教が強すぎて、それだけを学んでおけば事足りる事象が多いのが実情ですが。
※科学とは宗教なのか?という問いに対して、Geminiは明確に否定してきたので、参考までに掲載しておきます。

Geminiくん賢いなあ

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