『ハスラー2』スマートだと思い込んでいた1987年の朝
春先になると、どうしても『ハスラー2』のことを思い出す。
あの映画は、ただのビリヤード映画じゃなかった。
観終わったあと、しばらく自分の立ち方まで変えてしまう種類の映画だった。
1987年のある日。
学校へ行く前に、その映画を観た。
『ハスラー2』は、かつて伝説的な賭けビリヤード師だった“ファースト・エディ”が、若くて才能だけは過剰な青年ヴィンセントと出会い、再び勝負の世界に足を踏み入れていく話だ。
正直に言えば、その頃の自分は物語をちゃんと理解していたわけじゃない。
記憶に残っているのは、薄暗いプールバーの中で、必要な場所だけが照らされている感じだった。
台の上だけが不自然に明るくて、周囲は影のまま。
あれが「大人の世界」なんだと、勝手に思い込んでいた。
翌朝、街を歩いていてすぐに気づいた。
自分の様子がおかしい。
背筋を少し伸ばして歩いている。
歩く速度を、意味もなく落としている。
誰に見られているわけでもないのに、妙に間を取る。
完全に、映画に感化されて、かっこつけていた。
ロータリー脇のセブンでマガジンを買うときもそうだった。
いつもと同じ動作のはずなのに、手の動きだけがやけにゆっくりだった。
市電の駅へ向かう途中も、街全体を一段引いた場所から見ているつもりになっていた。
自分では「余裕」だと思っていたけれど、今なら分かる。
あれは余裕じゃなく、演出だった。
コーラは103円だった。
理由は分からない。
昨日まで100円だったものが、説明もなく3円だけ違う。
その小さな違和感まで、「時代が動き始めている証拠」みたいに受け取っていた。
実際は、ただ値段が変わっただけなのに。
始発のバスに乗り、マガジンを読み、市電の駅で降りる。
立ち食いそば屋はまだ食券制じゃなく、注文は口頭だった。
出汁の匂い、湯切りの音、丼が重なる音。
いつもと同じ朝のはずなのに、その日は全部が少しだけ「映画っぽく」見えた。
春先はストライキやダイヤの乱れが多い。
遅刻しそうな朝は、そば屋には寄らない。
だから喫茶店に入る。
ドアがカラカラと鳴り、焦茶色のテーブルと椅子。
窓には少し可愛らしいカーテン。
制服のままカウンターに座るだけで、自分が少し大人になった気がした。
もちろん、それも完全な思い込みだった。
たまに友達と行くビリヤード場も、映画の続きみたいな顔をしていた。
どこも薄暗く、台の上だけが異様に明るい。
トーナメントはだいたい一回戦落ち。
それでも、台の横に立っている自分を「悪くない」と思っていた。
勝ち負けより、立ち方の方が大事だと、本気で信じていた。
振り返ると、あの頃の自分は、かなり浮かれていたと思う。
映画を一本観ただけで、歩き方まで変わった気になっていた。
スマートに立っているつもりで、余裕のある大人を演じていた。
1987年の春先の、ただの一日。
街の中で、自分が少し洗練された気分になっていただけの話だ。
しかもその洗練は、今思えば、制服を着たまま背伸びしていただけだった。
チップをありがとうございます。 そのまま宝にしておきます。^_^
