遠さの正体を知った旅──1998年、新婚旅行前半記
広島駅の薄い朝の光はどこか白く乾いていて、
まだ完全に一日が始まる前の、世界の輪郭だけが先に起きているような時間だった。
ホームに差し込む光は人の体温を拾わず、影だけを静かに引き延ばしていく。
電光掲示板の数字が淡々と切り替わり、アナウンスの声だけがやけに遠く響く。
その中を関空へ向かう自分の影が長く伸びていく感覚は、そのまま当時の精神状態の投影だったのだと思う。
何かが始まろうとしているのに、実感だけが遅れている。
足は前に出ているのに、内側だけがまだその場に留まっているような、不均衡な感覚。
1998年の夏前、日本にはまだ平成の明るさの残光がかすかに漂っていた。
コンビニの棚は均一に整い、朝のテレビは軽やかな声でニュースを読み上げ、街には音楽が途切れず流れていた。
新商品やキャンペーンの色彩はどれも明るく、生活は問題なく回っているように見えた。
だがその均整の取れた表面の下で、見えない地盤がゆっくりと軋んでいる感覚があった。
誰もそれを言葉にはしないが、どこかで全員が気づいているような沈黙。
アジア通貨危機の余波なのか、将来への説明のつかない不安なのか、理由ははっきりしない。
ただ、「このままではいられない」という予感だけが、湿度のように空気に混ざっていた。
乾いているはずの季節に、拭いきれない薄い湿り気が残るように。
結婚、妊娠、新婚旅行。
本来なら季節をまたいでゆっくり積み上がるはずの出来事が、数ヶ月の中で折り重なり、順番すら曖昧なまま前に押し出されていく。
気づけば自分はジャンボジェットの座席に押し込まれていた。
夜の滑走路に並ぶ誘導灯が規則的に点滅し、窓の外は現実よりも整いすぎた光で満ちている。
その人工的な整い方が、かえって現実感を奪っていく。
さおりのお腹に子どもがいるという事実は理解しているはずなのに、身体の実感としてはどこか遠く、ただ「大丈夫なのか」という輪郭の曖昧な不安だけが胸の奥で低く鳴り続けていた。
守るべきものがすでに存在しているという事実に対して、何も準備できていない自分がそこにいる。
機内で流れていた『トップガン』の英語音声は、言葉としてはほとんど入ってこなかった。
戦闘機が加速し、誰かが叫び、場面が切り替わる。
その速度だけがこちらに流れ込んできて、
意味は後ろに取り残されていく。
理解する前に次の場面へ移ってしまう感覚は、
自分の人生の進み方と奇妙に重なっていた。
出来事だけが先に進み、意味づけが追いつかない。
隣ではさおりが気持ち悪そうにしていて、顔色の変化や視線の揺れだけがやけに鮮明に記憶に残っている。
言葉よりも先に、その「しんどさ」だけがこちらに伝わってくる。
声をかけた言葉は軽く、今思えばあまりにも浅かった。
あのときの自分は「知らなかった」のではなく、「想像できなかった」のだと思う。
相手の中に起きている現実を、自分の中に引き受ける力がまだなかった。
彼女が抱えていた重さに対して、それを受け止める器が、自分の中にはまだ用意されていなかった。
通路を押してくるカートの音、プラスチックのトレイに載せられた機内食の匂い、グラスの中で揺れる氷の小さな衝突音。
それらの細部だけが妙に現実的で、逆に全体の輪郭はぼやけていく。
混雑した機内でビールやワインを頼み、アルコールで神経を緩めることでしか自分を保てなかったのは、外側ではなく内側が追いついていなかった証拠だった。
逃げ場としてのアルコールというより、時間をやり過ごすための緩衝材のようなもの。
夜中にふと目が覚めると、理由のない空腹が込み上げてくる。
胃の奥が空洞になったような感覚。
隣で静かに眠るさおりの呼吸を見て、ようやく自分の呼吸も整っていく。
存在していることを確認するように、同じリズムに合わせていく。
時計は意味を失い、朝だと思って目を覚ましてもまだ空の上で、終わらないフライトに苦笑するしかない。
移動しているはずなのに、どこにも到達していない時間。
海外という距離よりも、自分が踏み出してしまった人生の長さと重さのほうが、はるかに実体を持って迫ってきていた。
戻れないという感覚だけが、はっきりしている。
ケアンズに降り立った瞬間、空気は湿っているのにどこか乾いていた。
肌にまとわりつくようでいて、水分だけが先に引かれていくような奇妙な感触。
甘さのある南国の匂いではなく、土と熱が混ざった現実の匂い。
滑走路の熱が靴底を通して伝わり、大陸の重さが足裏からゆっくりと立ち上がってくるような感覚があった。
ここは“観光地”ではなく、ただの“場所”なのだと身体が先に理解する。
さおりは高揚よりも明らかに体調のしんどさが前に出ていて、その切実さに気づけなかった自分の鈍さは、今振り返ると痛みに近い。
楽しいはずの出来事の中で、誰かが苦しんでいるという事実に対して、どう向き合えばいいのかがわからなかった。
空港からゴールドコーストまでの長い移動は、
旅の始まりというよりも延長戦のように感じられた。
窓の外の景色は広がっているのに、身体のほうは縮こまっていく。
見たことのない風景が続くほど、内側は閉じていく。
ホテルに着いたときには空腹も疲労も限界に近く、何か食べようとしたそのとき、さおりが小さな声で「日本のものがいい」と言った。
その言葉の裏にあったものを、当時の自分は読み取れなかった。
不安や体調の悪さ、見知らぬ環境の中での拠り所としての「いつもの味」。
いきなり和食はないだろう、という軽い返しは無理解そのものだった。
現実から逃げたかったのは、もしかすると自分のほうだったのかもしれない。
近くの日本食店に入り、運ばれてきたうどんとカレーは、見た目だけ似せた別の何かだった。
出汁の香りは薄く、麺は柔らかすぎ、カレーの色もどこか違う。
ひと口運んで、ふたりとも少し黙る。
その短い沈黙のあと、箸が止まる。
食べられなかったという事実以上に、「期待してしまった」ことがそのまま裏切られる感覚があった。
ここでなら少し楽になれるかもしれないという淡い期待。
それが音もなく崩れる。
その瞬間、自分の中で機嫌が崩れていくのがわかる。
その苛立ちは料理に向けられているようでいて、本当は状況を制御できない自分への焦りだった。それに気づけないまま、表情だけが硬くなる。
さおりがこちらを見る。
その視線には責める色はなく、ただ少しだけ悲しさが混じっていた。
そのわずかな差が、余計に刺さる。その記憶は、時間が経つほどに重みを増していく。
翌日、光は少し柔らかくなっていた。
海の青がようやく目に入ってきて、街のざわめきも音としてではなく意味を持ちはじめる。
昨日はただの刺激だったものが、少しずつ輪郭を持つ。
前日の重さがわずかに引き、ふたりの間に余白のような時間が生まれる。
その余白に、偶然のかたちで笑いが入り込んできた。
ステーキハウスに入ると、最初に出てきたパンの大きさに一瞬言葉を失う。
皿の上で膨らんだそれは、食べ物というより景色に近い。
思わず目が合い、どちらともなく吹き出す。
その笑いは声になる前に漏れるような、抑えきれない種類のものだった。
注文のやり取りはぎこちなく、言葉はうまく通じないが、その不安さえどこか可笑しい。
通じないこと自体が、同じ側にいる証拠のように感じられる。
運ばれてきた肉は想像のさらに上をいくサイズで、ナイフを入れる前にまた笑う。
そのときの笑いは、観光の楽しさではなく、
「同じ状況にいる」という事実をようやく共有できたことへの安堵だった。
ようやく同じ場所に立てたという感覚。
夜のカジノでは、現実感の薄い勝ち方をした。
数字だけが増えていく感覚に一瞬飲み込まれそうになりながらも、それをさおりと分け合おうとする気持ちは確かに本物だった。
外に出て、静かなバーに入る。
店主は多くを語らず、穏やかな空気だけをこちらに渡してくる。
読めないメニューの中から、知っている名前だけでトムコリンズを選ぶ。
選択の根拠が曖昧でも、それで十分だった。
グラスの中で炭酸が静かに弾け、レモンの輪がゆっくり揺れる。
さおりはオレンジジュースを少しずつ飲んでいる。
その横顔を見ながら、外のざわめきとは切り離された小さな静寂の中に、自分たちは確かに存在しているのだと感じる。
どこにも属していないようでいて、ここには確かに居場所がある。
1998年の夏前という時間は、社会も個人もまだ崩れきってはいないが、確実に何かがずれていく気配を孕んでいた。
その中で自分たちは結婚という形を取り、子どもを迎え、準備も覚悟も追いつかないまま前に進んでいた。
整っていないまま始まってしまう人生。
オーストラリアが遠かったのではない。
自分の人生そのものが、想像していたよりもはるかに長く、重く、そして具体的な手触りを持って続いているということを、この旅の空気が静かに教えていた。
そしてその手触りは、今もまだ完全には掴みきれていないまま、指のあいだから少しずつ形を変え続けている。
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