美空ひばりの死、高橋良明の喪失、明菜の崩れ落ちた心──そして平成は愚か者から始まった
1989年という年は、いま思い返しても胸の奥にざらついた痛みが残る。
昭和が終わり、平成が始まったと言われても、その始まり方は決して明るいものではなかった。
むしろ、昭和という巨大な物語の灯火が次々と消えていくような、静かで重たい空気が日本中に漂っていた。
美空ひばりさんの死は、その象徴だった。
昭和歌謡の女王であり、戦後日本の心そのものだった人が、静かにこの世を去ったあの日、テレビは朝から晩までひばりの歌を流し続け、街のざわめきが一段静かになったように感じた。
昭和天皇崩御から半年、昭和という時代の魂がまたひとつ消えた。
あの夏の光はどこか白く、乾いていて、時代の終わりを告げる鐘の音のようだった。
同じ年、16歳の高橋良明くんがバイク事故で亡くなった。
明るくて、未来しかなかった少年。
植木等さんや所ジョージさんにつぐ“軽やかで憎めないキャラ”を継ぐのは彼しかいないと思っていた。
あの独特の明るさ、少し抜けているようで、でも芯に優しさがある感じ。
芸能界にとっても、視聴者にとっても、彼の死は「惜しい人を亡くした」という言葉では到底足りなかった。
昭和の終わりとともに、未来の光まで奪われたような痛みがあった。
1989年の前半は、若さの喪失と時代の喪失が同時に起きた、重たい季節だった。
そんな空気の中で、芸能界は別の意味でざわついていた。
松田聖子と近藤真彦のNYキス報道。
あれは、バブルが生んだ“軽さ”が芸能界の表面に露骨に浮き出た瞬間だった。
とくに近藤真彦に関しては、当時からあまり良い噂を聞かないタイプのアイドルで、「まあ、そうだろうね」としか思えなかった。
現在の彼の立ち位置を見れば、無責任さは明白で、当時も同じように振る舞っていたと考えるのが自然だ。
バブルの浮ついた空気と、彼の軽さが妙に一致していた。
そして1989年7月、中森明菜の自殺未遂。あれは本当にショックだった。
中学生の頃からのファンだった僕にとって、あのニュースは胸をえぐられるような痛みだった。
特に、僕が一番好きだったのは、黒の衣装でぽっちゃりしていた頃の明菜だった。
少女Aを歌っていた頃の、あの強さと危うさが同居した姿。
黒い衣装に包まれた身体のラインがまだ柔らかく、頬にも健康的な丸みが残っていて、そこに“若さの余白”があった。
あの頃の明菜は、強がっているようで、でもどこか守ってあげたくなるような、そんな魅力があった。
だからこそ、やつれて、痩せ細っていく姿を見るのは本当に辛かった。
あの変化は、ただのダイエットや役作りではなく、心が削られていく音がそのまま身体に刻まれていくような、そんな痛々しさがあった。
そして年末、金屏風事件。
あれは、1989年という年の“裂け目”だった。
婚約会見かと思いきや、全く違った。
あの場で地獄を見たのは明菜だけだった。
なぜ彼女が頭を下げているのか理解できなかったし、頭を下げるべきは隣にいる愚か者のほうだろうと、テレビに向かって突っ込んだのを覚えている。
昭和の価値観と平成の価値観がぶつかり合い、そしてその裂け目に落ちたのが、よりにもよって昭和最後の歌姫だった。
この時期、三人が歌っていた曲を並べると、1989年の空気がより鮮明に浮かび上がる。
明菜は「LIAR」。
嘘、裏切り、信じたいのに信じられない。
歌詞の世界が、彼女の現実と重なりすぎていた。聖子は「Precious Heart」。
独立後の再出発。光の中へ歩き出すような歌。
そして近藤真彦は「ヨイショ!」。
一人だけ、完全に別の季節にいるような軽さ。
まるでジョジョのスタンド能力説明のように、
三人の立ち位置が鮮やかに浮かび上がった。
そして僕は思った。
平成は、愚か者から始まったのだと。
#1989年
#昭和の終わり
#平成の始まり
#美空ひばり
#高橋良明
#中森明菜
#松田聖子
#近藤真彦
#金屏風事件
#昭和歌謡
#芸能史
#バブル時代
#昭和の記憶
#平成の記憶
#昭和平成クロス
#80年代アイドル
#少女A
#LIAR
#PreciousHeart
#ヨイショ
#芸能界の闇
#時代考察
#文化論
#個人史
いいなと思ったら応援しよう!
チップをありがとうございます。
そのまま宝にしておきます。^_^