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1993年の記憶と音楽:J-POP黄金期に染まった日常

1993年は、政治や社会が揺れ動く中でも、音楽だけが異様な熱量を放ち、J-POP黄金期の頂点が爆発した一年だった。
CHAGE&ASKAの「YAH YAH YAH」は年間240万枚を超えて1位を獲得し、B’zの「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」「裸足の女神」、ZARDの「負けないで」「揺れる想い」、
WANDSの「時の扉」「世界中の誰よりきっと」、THE 虎舞竜の「ロード」、松任谷由実の「真夏の夜の夢」、classの「夏の日の1993」など、
次々とミリオンヒットが生まれ、
TRFの「EZ DO DANCE」によって小室哲哉プロデュースのダンスミュージック時代が幕を開けた。THE BOOMの「島唄」は、沖縄の風景と人々の声を街中に広げ、国民的楽曲としてロングヒットを記録した。

街のCDショップには新譜が山のように積まれ、大学を卒業して社会人となった自分の時間にも世間で流れてる音楽は密着していた。
通勤途中のカーラジオから流れるB’zやZARD、駅前のゲームセンターではバーチャファイターの電子音に混ざるWANDSのメロディ、近くの人たちの会話の合間で交わされる「これ誰の曲?」と聞こえてくる会話。
生活のすべてに音楽が浸透していた。
帰宅後、アパートのテレビで深夜番組を観てたら流れてくる『何も言えなくて…夏』やclassの「夏の日の1993」は、まるで一日の終わりの子守唄のようで、疲れた心をそっと包み込み、いつの間にかテレビを付けっぱなしで寝てしまっていた。

その年、自分はWランドでバイトをしていた。
昼は店頭の補充やレジ、夜は閉店作業をこなしながら、有線から流れるヒット曲に時代の気配を重ねていた。
特にZARDの「負けないで」は、体と精神の疲れを軽く吹き飛ばす魔法のような曲で、作業の手を止めて歌詞を追うことも少なくなかった。
店長や能面(バイトの女性)とのやり取りも、
音楽を媒介にした特別な時間だった。
店長は音楽に詳しく、最新ランキングやアーティストの裏話を面白おかしく教えてくれるので、
仕事の単調さを和らげてくれる。
能面は普段無口だが、好きな曲がかかると小さな声で歌詞を口ずさみ、柔らかな表情を見せる。
その瞬間の空気が、バイト先の何気ない日常を鮮やかに彩り、音楽と生活が密接に結びつく感覚を与えてくれた。

夕方にはN島さんがバイト先に顔を出すこともあった。
N島さんはJ-POPが好きで、自分と趣向が合う曲が流れると、妙に気分が良くなる様子を見せた。例えばTRFの「EZ DO DANCE」がかかった瞬間、軽く鼻歌を歌いながら「この曲は私好きなんよ」と笑うその仕草に、疲れも少し和らぐような感覚があった。
S本さんとは、仕事終わりにビデオレンタルショップに寄ったり、車で流れるヒット曲や最新アルバムの話を延々としたりした。
音楽はただの娯楽ではなく、自分と他者の時間を結びつける糸のような存在であり、生活のリズムを作る原動力でもあった。

深夜、アパートで一人過ごす時間も音楽で満たされていた。
テレビやラジオから流れるヒットチャートを聴きながら、翌日のバイトや友人との約束を思い浮かべる。
ふと耳に入るclassの「夏の日の1993」やZARDの「負けないで」は、生活の中に小さな光を差し込み、孤独な時間さえも彩ってくれる。
通勤電車の中では、他人のイヤホンからTRFやB’zの曲が聞こえ、無表情な人々の間で自分だけが音楽のリズムに体を揺らす光景をよく見かけた。
音楽は個人の空間を越え、公共の場まで柔らかく染め上げていた。

街を歩けば、ゲームセンターやカラオケボックス、CDショップからも音楽が絶えず流れていた。バーチャファイターの電子音が鳴る店内にWANDSやB’zのメロディが重なり、帰り道の商店街でTHE 虎舞竜「ロード」がスピーカーから流れると、平成という時代の空気を強く感じた。
音楽は日常の景色を色づけ、生活のリズムを決める存在であった。

社会的には、皇太子徳仁親王と雅子さまのご成婚が国民的祝賀ムードを生み、街は一瞬華やいだ。Jリーグも開幕し、休日には友人とスタジアムへ出かけ、TRFやB’zの曲がラジオや街頭スピーカーから流れる光景に触れるたび、音楽と日常の結びつきを強く感じた。
一方で政治は揺れていた。
宮沢内閣不信任案可決から総選挙、自民党の過半数割れ、細川護熙による非自民連立政権誕生、「55年体制」の崩壊などが起きたが、社会人としての日常生活では、ニュースは音楽の洪水にかき消され、背景音のようにしか存在しなかった。

暗いニュースもあった。
山形マット死事件や埼玉愛犬家連続殺人事件など、陰惨な事件は生活の安心感を揺さぶった。
しかし、バイト終わりに流れるB’zやZARD、街の喫茶店で流れるヒットチャート、CDショップに積まれた最新ヒットの山は、それらの不安を押し流す力を持っていた。
音楽は生活の揺らぎを包み込み、日常に彩りと活力を与える存在だった。

こうして1993年は、政治や国際情勢の揺らぎを背景に、社会人としての生活と音楽が密接に絡み合う一年となった。
ZARD、B’z、TRF、WANDS、class、THE BOOMといった楽曲は単なるヒット曲ではなく、生活の背景音として自分の記憶に染み込み、後の人生の基調音として今も鳴り続けている。
音楽があったからこそ、社会の不安や日常の小さな出来事も、すべて1993年という一年の色彩として心に刻まれたのだ。


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nao46222 チップをありがとうございます。 そのまま宝にしておきます。^_^