『夜明けの唄』−あえてシヨンについて考えてみる-
第7巻を読み終えて。
アルトとエルヴァが離れてて、2人の幸せな様子が見れないことが寂しい巻。
でもその分2人がお互いを想ってることもわかるし、スマホに釘付けになるエルヴァは可愛かった。
さて。
7巻も引き続き気持ちが重くなるエピソードが続いたが。
裏テーマは「シヨン」で、
シヨンの内面が少し紐解かれた回だったのかなと思った。
島の領主のシヨンはやや不気味な人物像で、これまで行動の目的や真意が見えなかった。
だが、7巻を読み終えて、
シヨン自身は、自分が人間的な何かが欠落していると感じていて、それに苦しいと思うこともあったのかなと感じた。
赤ちゃんをただ見つめる描写も、自分が生き物として営みを経て父親になれば何か変わるのではと、自分自身を観察していたように見える。
ヒルダが「抱っこしてあやすことも出来ないなんて」と赤ちゃんを通して語りかけた言葉に眉を顰めたのは、人間じゃないニナが自分より人間らしいものを持っていることへ、自分自身への苛立ちかもしれない。
シヨンが村人に襲われ気を失ってから、目覚めた時、最初に思い浮かべてたのは自分の子ではなく「ニナ」だった。
同様に村人に襲われて血だらけのニナを見つけた時は、助ければ襲われる危険があったのに、躊躇わずに駆け寄り呼びかけてる。
シヨンに何か変化があったとすれば、どこか欠落した自分を愛してくれたニナに、シヨンはいつのまにかニナが大切と思える心を手に入れていたことかもしれない。
最初はただ興味深い観察対象がいて、人に愛情を持つことが出来ない自分でも家庭を作ることが可能な、利害の一致だけで一緒になったニナだけど、最後はニナが大事になっていたのかなと感じた。
シヨンがコノエに「変わったね」と語りかけるのは、シヨン自身のことも指していると読み取れる。
シヨンは、観察力が高くて、冷静、俯瞰でみて、人を理解している。ただ、人が何に喜びを感じ、何を求め、何を幸せに思う、辛いと思うのか、根幹の部分が他人と共感出来ない人なのだろう。
いわゆる、優しい嘘、みたいなのは出来ないタイプで、他人に寄り添うことが出来ないから、他人から「人の心が無い」と評される人物だと思う。
最後に村人へ「本当ににそんな気持ちでここへ?」と問いかけた、その後の発言は、村人たちの考えてたことを的確に表現しているし、よく理解している。
だが、その後の村人から「心がないのか?」問われるのは、村人からしたら図星な部分もあるだろうが、シヨンが人として大事な部分はズレていたためと思う。
最後までシヨンは人の気持ちにはり添う「心」はあまり無かったということだろう。
最後にエルヴァが守ってくれたヒルダを見て、シヨンが何を思ったのかはわからない。
シヨンの中では何かを得たのか、あるいは最期までわからないままだったのか。
そんな余韻が残った。
ファンタジーとしても面白い物語で楽しく読んでいるが、
それだけではなくセクシュアリティやマイノリティについて、確かに自分はここにいる、自分たちを認めていい、というメッセージがある作品。
シヨンは簡単にいうと「サイコパス」と呼ばれる部類だったのかなと思う。
ただ自分の興味関心に忠実だった。
こういう人が感じる苦悩はわからないけど、そこにも焦点を当てている。
登場人物それぞれの色がはっきり際立っているのが魅力的な作品だと思う。
