100名城&続100名城スタンプを二泊三日レンタカーで8個、集めてみた~滋賀・福井編③

100名城&続100名城のスタンプを集めている。

 日本史は好きだったけど、そこまで熱い歴女ではない。旅行の目的の一つにスタンプ集めをしている、といったところか(笑)

 今回、R8.5.7~5.9に滋賀・福井の8つのお城を訪ねた。
 その三日目である。


三日目;5/9(土)まずは八幡城(スタンプ⑥)を目指す‼️

ホテルから車で20分程度で到着。

とてもいい天気☀️

 八幡山ロープウェー(往復¥950/人)の運行時間は9:00~17:00。基本15分おきの運行となっている。駐車場に停めて9:30に乗車することが出来た。最初は私達だけだったが、その後、6人乗ってきて8人で出発。

 重ね押しスタンプ御朱印状なるものを頂く。

近江八幡が見下ろせる!気持ちいい😊

 約4分の空中散歩を終え、山頂駅を下りると、左に向かう。まずはお願い地蔵尊へ。

こちらは重ね押しスタンプ御朱印状2ヶ所目

 左に行くと琵琶湖が眺望できるとのことだったが、まずはスタンプをゲットするために八幡山城(続100名城No.157)=村雲御所瑞龍寺門跡へと向かう。

新緑が眩しい🌲
昭和36年京都堀川今出川から移築
令和3年に修復修繕されたそう

 八幡山城は豊臣秀吉の姉、智の方の息子、秀次が築城。

 R8大河ドラマ『豊臣兄弟』を見ている私は、宮沢エマさん演じる『とも』が万丸(=後の秀次)を手放す場面で、先日号泣😭😭したばかり。

重ね押しスタンプ御朱印状3ヶ所目
門跡の文字にスタンプを押して完成

門跡寺院とは;皇族・公家が住職を務める寺格の高い寺院に漬けられる称号で、ここ瑞龍寺は皇女や宮家の王女、公家の息女が住職を務める尼門跡。

 瑞龍寺は日蓮宗唯一の門跡寺院。

 御開基の日秀尼公は、豊臣秀吉の姉、関白豊臣秀次の生母、智の方(しつこいようだが、R8大河ドラマ『豊臣兄弟』の宮沢エマさん)である。

 1595年7月、秀次は秀吉から謀反の疑いをかけられ高野山で割腹非業の最期を遂げる。翌月には京都三条川原で秀次の妻や子、30数名が処刑。

 子や孫を失った智の方は、我が子らの菩提を弔うべく日夜唱題行に励まれ、1596年正月、本圀寺十六世日禎猊下の元、落飾し、瑞龍院妙慧日秀となられる。

 やがて後陽成天皇の耳に達し、京都嵯峨の村雲の地と瑞龍寺の寺号、更には寺禄一千石を賜り、紫衣の着用と菊の御紋使用が許され、勅願所となり、以後代々皇家や宮家の王女、公家の息女を住職を迎えている。

菊の御紋が入った門

 江戸時代初め、嵯峨の地から堀川今出川に移転。

 荘厳を極めたが、天明の大火で全焼。1824年から30年かけ再建。

 1961(昭和36)年、堀川今出川より、秀次公ゆかりの八幡城本丸跡地に移築される。

 その後60年の月日を経て荒廃著しかったが、2021(令和3)年一六世日寶尼公が晋山し、修復修繕、復興を果たしている。
(※村雲御所瑞龍寺門跡 縁起 より抜粋)

金生稲荷大明神社殿の前の鳥居⛩️
『令和七年七月吉日建之』
と書かれている鳥居もあり
とても綺麗
八幡山最高点(旧三角点 2857m)
から見た眺望🩷

 本当に天気も良く、とても気持ちがいい。最近整備されたばかりだからなのか、上り下りも比較的楽だった。

 その後、琵琶湖眺望がすばらしいとされる西の丸跡へ向かう。

眺望の説明が書いてある
看板ナシVer.(笑)
のどかな田園風景…、琵琶湖…、青空…
心安らぐ風景に
八幡山城の悲劇というギャップが胸を打つ

 再びロープウェーで下山。

 行きはガラガラだったが、10:30発は、私たちが乗った下りも、すれ違った上りもほぼ満員。しかも駐車場は満車状態だったので驚いた。早起きは三文の徳である。

 駐車場の前にある日牟禮八幡宮で御朱印を頂く。

 映えスポットで有名らしく、時代劇のロケ地としても頻繁に活用される八幡堀に寄ろうか迷ったが、少し時間が押していたので、横目に見ながら駐車場を出た。

 八幡山城、私の評価は昨日の彦根城に続き、今回二つ目のSランクである。

 ちなみに今まで訪れた119城のうちSランクを付けたのは14城。

 うち11城は100名城である。続100名城でSランクを付けたのは、
原城址(長崎県南島原市;世界遺産)、
勝連城跡(沖縄県うるま市;世界遺産)
に次ぐ3城目。

 ・・・何度も言うが、天気、気候、体調に大いに左右される私の主観のみで付けたランクである。

バームクーヘン好きな夫の為(?!)に『ラ コリーナ 近江八幡』へ行く

 八幡山城から車で約15分に『ラ コリーナ近江八幡』がある。駐車場もものすごく広く、交通整理の方も多くいた。

 駐車場に停めて園内へ。

緑と独創的な建物と
心地よい空間が広がる🤗

 里山に突如現れた空間といった感じ。和菓子、洋菓子、パンなども売っており、かなりの盛況ぶりだった。

 夫は大のバームクーヘン好き。私もそこそこ好き。

 『焼きたてバームクーヘン』が店内で食べられるとのことで早速購入。自動販売機(と言っても最先端っぽい。私は三枚出てくる用紙のうち、二枚を取り損ねて慌ててしまった)で券を購入すると、席を確保し、商品受け取り場にてチケットを渡し、しばし待つ。

 店内はバ―ムクーヘンを模した机や椅子などもあり可愛かった。

焼きたてバームクーヘンは、
ほんのり温かくて美味しい😝
miniバームクーヘン×2 ¥1580
バームコーヒー(ホット)¥550
アールグレイティ(アイス) ¥500
で合計¥2630

  バームクーヘンは美味しかったので、自分たち用に『パッケージレスバームクーヘン』(¥1366)を購入した。

いざ安土城(スタンプ⑦)へ!

 まずはスタンプをゲットするために、安土駅前にある『安土城郭資料館』(入場料¥200/人)へ行く。

 こちらでは安土城(100名城No.51)と観音寺城(100名城No.52)の二つのスタンプを押すことができた。御城印もこちらで購入。資料館は綺麗で、こじんまりとした感じ。

 線路を挟んだ反対側に織田信長像があったので一応パチリ。 

意外と小柄?

 安土城の駐車場は広かった。いざ、向かう。

安土城は今年築城450年✌️

 受付にて入場券(¥1200/人 摠見寺観覧料込 現金のみ)を支払い中へ入る。

 ドドド―ンと大手道がそびえ立つ。杖を拝借し、いざ上る!

階段の整備はされている
見上げると気が引き締まる思いの迫力‼️
さすが織田信長が威信をかけて
築城しただけある
まずは階段右側にある
伝 前田利家邸跡

 60段ほど上ると、右手に摠見寺仮本堂がある。

 安土城西側に信長が自らの菩提寺として建てたと伝えられる摠見寺は、そのほとんどが安政元年の火災により焼失。

 その後、昭和7年に、伝 徳川家康邸跡に建てられ、現在に至る。

中はヒンヤリとした空気が流れる
奥の席でお茶🍵と瓦煎餅が振る舞われた

 摠見寺をでて、再び石段を上っていく。整備はされているのだが、かなり上り甲斐がある坂である。

 途中、石段に使われたという石仏や仏足石の説明を見ながら休み休み上っていった。

黒金門跡
ここより先は信長が選ばれた側近たちと
暮らしていたと思われる
ようやく本丸跡にたどり着く
『天守閣址』の文字
感慨深い・・・
この部分は天守の穴蔵(地階)にあたる
五層七階(地上6階地下1階)の壮大な天守は
狩野永徳の豪壮な障壁画や
装飾が配されていたという
そこから見下ろす景色は
さぞ素晴らしかったろう
天守跡から見える景色は
残念ながら木が生い茂っており
絶景とまではいかなかった・・・

 天守跡を見た後、信長公本廟に立ち寄る。

奥に見えるが、手前に門があり
近くに行くことは出来ない

 手を合わせ、元来た道を引き返す。しばらく行くと

こう書いてあったら当然
『帰路』に行くよね
思わず「え?」😱と声が出た階段

 天守跡からは下りのみと思っていたのでまた上っていくのか・・・と疲れがドッと増す。

 夫が「やる?」と声を掛ける。「やろうか」と答える。きつそうな階段があり、周りに人がいないと、私たちは『グリコのじゃんけん』で階段を上ることにしているのだ。

 『グリコ』『チヨコレイト』『パイナツプル』・・・今回は私の勝ちだった。ちなみに勝率は圧倒的に私の方が高い。

摠見寺跡の説明プレート
本堂跡からは視界が開き、気持ちがいい
三重塔

 室町時代に建立された建物だとのこと。織田信長公が甲賀の長寿寺から移建し、1604年に豊臣秀頼公が一部修復したと言われている。

 見るからにかなり古い年代に建てられた搭。手前には立ち入り禁止の文字があり、柵もあった。

 さぁ、いよいよ最後の下りにかかる。でもこれがすごい斜度の階段。

かなりきつい💦

 一つ一つ下って行く。石に下り立つ度に、足に負担がかかる。今回の旅で一番膝を痛めたのはこの階段だった。

伝 羽柴秀吉邸跡

 ラスト…最初の受付からの大手道に合流する直前に秀吉の館の跡を通る。この石垣が立派だったので少し足の痛みも和らいだ。

 上りも下りもかなりきつかったけど、私の評価はSランク!

 天守が焼失したのは、本当に残念だが、おおいにロマンを掻き立てられるお城だった。

 昨日から彦根城、八幡山城、安土城と三連続である。

 ちなみに連続でSランクを付けたのは
備中松山城(100名城;岡山県高梁市)⇒鬼ノ城(岡山県総社市)以来。

 三連続は初である。

 ・・・しつこく言うが、天気、気候、体調に大いに左右される私の主観のみで付けたランクである。

締めの観音寺城(スタンプ⑧)へと向かう。

 観音寺城(100名城No.52)は、聖徳太子伝説の残る観音正寺が城跡の中心にある。色々な行き方があるようだが、私たちは観音正寺林道(車輛整理料;¥600)から行くこととした。

 この道が狭い・・・。離合できるか?小谷城、玄蕃尾城への道が狭かったことは書いたが、それよりも狭い。

 途中途中に待避所があるにはあるが、その待避所と待避所の間が長い。向こうから車が来たら、どちらかがソロリソロリとその待避所までバックするしかないのか?嫌だ・・・本当に車、来ないで!

 そう願いながらカーブを幾つも曲がる。時折クラクションマークもあり、鳴らしながら、本当に恐る恐る上って行った。

 もうそろそろか?と思った時、恐れたことが起きた。対向車線に車発見!

 万事休す、と思ったが、こちらが上り車線だったので、相手の車がバックをしてくれた。しかも少し行くとPのマークが!良かったぁ。

 駐車場は思いのほか広く、数台の車が整然と停まっていた。

駐車場にある看板
ここから登城する

 上り始めてすぐに小さな看板を発見。『三十三 昨日より今日 今日より明日』と格言が書いてある。

 へ~、これが一になったらゴールなのかな、と思いながら歩く。

勇気づけられる👍

 格言看板は続く。割と短いスパンで立てられており、読むのが楽しい。大概の言葉は胸に刺さる。

私が肝に銘じなければいけない
と思った格言
いつも私の城巡りに付き合ってくれる夫に
深く感謝をする😭✨

 格言が『四』まで来たところで、看板がなくなる。(最終的にお寺に入ってから三~一はあった)

 しばらく行くと急に木と木の間から絶景が見えた。

ゆったりとした上り坂だったので
さほど疲れはしなかったが、
やはり景色を見ると癒される

 更に行くと入山料を支払う受付があった。

 私たちは駐車場から上ってきて、この受付を通り本堂に行くパターンだったが、色々なルートがあるらしく、本堂の方から結構な登山スタイルをした団体が受付を通り過ぎようとしており「入山料を払ってください!」と叫ばれていた。

 入山料(¥800/人 クレジット可)を支払い、本堂で御城印と御朱印を頂いてから、マップを見ながら城跡方面へと向かう。

先の道は鬱蒼としている

 夫と顔を見合わせる。今回、三度目・・・「どうする?」

 緩い私たちは登城を見合わせることとした。観音正寺まで来たし、熊が出るかも知れない(言い訳😅)し「やめておこう」と引き返す。

絶景を拝む

 私の評価はBランク。

 登城はしなかったので本来ならDランクなのだが、一部であるお寺まで来たということ、景色が素晴らしかったことに敬意を表す。

急な石段を発見
ここからお参りしに上ってくることも
出来るのだろう

晩御飯は少し早めに近江ちゃんぽん『ちゃんぽん亭』を頂く。

 新幹線まで時間があったので、ちゃんぽんを食べることにした。

 野菜並盛(¥850)×2と金賞唐揚げ並盛(¥680)を注文。

野菜が多いと身体にいい気がする
唐揚げ、美味しかった💕

 米原駅でレンタカーを返却し、17:56発ひかり660号に乗り込む。家に着いたのは、20:30頃。

 充実したとてもいい旅だった。(プランニングは、全て私😝自画自賛💦)

最後までお読み頂き、ありがとうこざいました。

よろしければ、一日目、二日目も読んで頂けると幸甚です🎵

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