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列車を遅らすヤツ、多過ぎ問題←死にたいのかよ。

もう「安全確認」で腹が鳴る。胃が鳴る。人生が鳴る。

昨日もそうです。ボク、新宿から帰路に着こうとして、さあ帰るぞって体を折りたたんだ瞬間に来ましたよ。例のやつ。

「線路内立ち入りのため、安全確認を行っております」

出ました。鉄道界の万能呪文。これ唱えとけば全員が黙ると思ってる最強カード。いや黙りますよ。だって安全確認は必要だから。でも「必要」と「頻発」は別物なんです。頻発してる時点で、それは安全確認じゃなくて、日常儀式です。遅延の常備菜。冷蔵庫に常に入ってるやつ。

そして、まーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー多いね。ほんまに。
15分くらい列車遅れてるの当たり前やわ。って感覚が、いつの間にか染みついてるのが怖い。人間って順応し過ぎます。地獄にも慣れる。慣れた地獄は、地獄じゃなくて「日課」になります。

ボクはね、ここで言いたいんです。
列車を遅らせる行為って、想像以上に「広範囲の他人の時間」をぶんどる行為なんですよ。財布を盗むよりスケールがデカい。時間って取り返せない。しかも遅延って、遅れた分だけじゃ済まない。連鎖する。予定がズレる。乗り継ぎが崩れる。人間関係が壊れる。上司に詰められる。保育園のお迎えが詰む。病院の予約が飛ぶ。メンタルが飛ぶ。

つまり「たった15分」じゃないんです。
1本の遅延は、都市全体の神経に小さな痙攣を流す。しかもそれが毎日。毎週。毎月。
もうね、都市が慢性的に足をつった状態で生活してるんですよ。そりゃ疲れる。

「死にたいの?」って言葉が出てくる社会のヤバさ

でさ、ここが本題です。
ボク、口が悪いので正直に言います。

これ、みんな、死にたいの?
まあ自決も多いけど、そんなに死にたいの?
迷惑なんですけどwww

こういう言葉が口から飛び出す瞬間って、ボクの中に二つのものが同時に存在してるんですよね。
ひとつは当然の怒り。生活を邪魔される怒り。時間を奪われる怒り。
もうひとつは、社会そのものへの嫌悪です。「そんな状態まで追い込む社会」の方への嫌悪。

ここを混ぜると話が歪む。だから分けます。

まず怒り。これは正当です。
列車を遅らせる行為をやってる側は、事情がどうであれ「公共のインフラに体を投げ込む」という最悪の形で周囲を巻き込んでる。巻き込まれた側が怒るのは当たり前。怒らない方が不自然です。

次に社会。これがさらに悪い。
線路に入る、飛び込む、あるいは入らざるを得ない状態になる。そこに至る人が一定数いる。しかも珍しくない。ここが異常なんです。
「そんな場所がある」んじゃなくて、「そんな場所に人が押し出される」構造がある。

ボクが言う「死にたいのかよ」は、特定の誰かへの罵倒に見せかけて、実は社会への告発になってる。
ただ、その告発の仕方が雑だと、いちばん苦しいところにいる人間をさらに殴ってしまう。これも事実です。ここはボクも分かってます。分かった上で、怒りは怒りとして吐き出したい日がある。昨日がそれ。

だからボクはこう言い換えたい。
「死にたいのかよ」じゃなくて、
「この社会、何人線路に押し出したら気が済むんだよ」
こっちの方が芯を食います。怒りの矛先が、個人ではなく構造に刺さる。

「安全確認」で片付けていい回数じゃない。これはもう“治安”の話です

遅延って、天候とか事故とか設備故障とか、不可抗力もある。これは分かる。
でも「線路内立ち入り」が常習化してるのは、治安の問題です。
駅って本来、入っていい場所と入っちゃいけない場所が、物理的に分かれてるべきなんです。分かれてないから起きる。あるいは分かれてても突破される。

そして最大の問題は、ここまで頻発してるのに「頻発しないように変える圧」が弱いこと。
遅延が起きる。
アナウンスが流れる。
駅員が走る。
電車が止まる。
再開する。
みんながため息ついて、また次の日も同じ。

この繰り返しって、社会が“慣れ”で腐っていく典型です。
「まあ仕方ない」が積み上がって、最後には「まあこういうもん」で固定される。
固定された地獄は、誰も直さない。直す責任が霧散する。
結果、また誰かが線路に入る。止まる。霧散。ループ。

これ、何のループか分かります?
“血の輪廻”ですよ。
しかも血を流してるのは、線路に入った人だけじゃない。巻き込まれた全員の生活の血が、少しずつ抜かれてる。

迷惑って言うのは正しい。でも「迷惑」で終わらせた瞬間、何も変わらない

「迷惑なんですけどwww」
これ、言いたくなる。ボクも言う。
ただ、迷惑って言葉は便利すぎて、万能すぎて、最後は麻酔になるんですよ。

迷惑だ。以上。
となった瞬間に、改善の議論が止まる。

迷惑の内訳を、全部ばらす必要がある。
遅延で損するのは時間だけじゃない。精神の余裕が削れる。
遅延に耐えるために、早く家を出る。睡眠が削れる。
遅延を見越して、予定を詰めない。人生の密度が削れる。
遅延を見越して、約束を避ける。人間関係が削れる。

これが毎日だとどうなるか。
人は“諦め上手”になります。
諦め上手は、権利を主張しない。改善を求めない。抗議しない。
そして、改善されないまま次の遅延が来る。

つまり遅延って、社会に「沈黙の訓練」を施してるんです。
ボクはこの訓練が大嫌いです。誰の得にもならない。

「飛び込むな」で止まる話じゃない。都市の構造が人を追い詰めてる

ここから先は、感情のトーンを少し変えます。怒りは怒りとして持ちながら。

線路に入る人の中には、ふざけてる人もいる。酔ってる人もいる。スマホで足元が消えてる人もいる。
でも「自決も多い」って言葉が出てくるくらい、現実として“追い詰められてる人”がいる。

その人たちを、ボクは擁護したいわけじゃない。
ただ、都市が人を追い詰める構造を放置して、最後の出口が線路になってる現実は、都市の恥です。

そして、その恥を処理する方法が「安全確認」なのがさらにキツい。
ボクらは毎日、都市の恥を、遅延という形で嗅がされてる。
嗅がされ続けたら、怒りにもなる。麻痺もする。どっちも起きる。

だからボクは、こういう話にしたい。
「線路に入るな」じゃなくて、
「線路に行かなくてもいい社会にしろ」
「線路に行く前に拾え」
「拾う仕組みを増やせ」
この方向に、議論の拳を振りたい。

もし今この瞬間、線路に吸い寄せられそうな人がどこかにいるなら、列車を止める前に、止められるものがあるはずです。支援窓口でも、病院でも、誰か一人でもいい。そういう“手前の柵”が増えてほしい。

同時に、日常を回してる側としては、遅延を当たり前にさせない仕組みも欲しい。ホームドア、警備、監視、動線設計、再発防止の徹底。これは慈悲じゃなくて都市運営の基本です。

列車を遅らすな。都市も遅らすな。人生も遅らすな。

ボクは昨日、15分を取られました。
でも本当は、15分じゃない。
「またか」という怒りで心が削れた分も含めて、ボクの人生の一部が持っていかれた。

だから言います。
列車を遅らすヤツ、多過ぎ問題。
これ、個人の問題に見せかけた都市の問題です。
そして、都市の問題に見せかけた社会の問題です。

「死にたいのかよ」と吐き捨てたくなる日がある。
でも本当は、その言葉は社会に向けて投げるべきです。
人を線路に押し出し、残りの全員から時間を吸い上げ、何も改善せず、また翌日も「安全確認」で済ませる。この構造に向けて。

列車を遅らすな。
都市も遅らすな。
そして、誰かの人生を線路に変換するな。

ボクは今日も電車に乗ります。
また遅れるかもしれない。
でもその度に、ボクはこう思い出したい。
この遅延は「仕方ない」じゃない。
この遅延は、変えられるはずの現実が変えられていない証拠です。

そしてボクは、証拠を積み上げる側に回ります。
遅延を“当たり前”にしない側に回ります。
腹が立ったら、書きます。
拳が疼いたら、論じます。
都市の鈍さに、言葉の打撃を入れます。🥊

列車遅延という文化

列車遅延って、事故じゃなくて“文化”になってるんですよ。
「またか」
「どうせ遅れる」
「だから早めに出る」
この諦めの儀式が、都市生活の標準装備になってる。

おかしい。おかしいに決まってる。
電車が遅れるって本来は“事件”なんですよ。
それが“天気”みたいに扱われてる時点で、都市の神経が鈍ってる。

遅延は「みんなに薄く刺さる暴力」だ

遅延って、誰か一人が殴られるんじゃない。
全員が、薄く、均等に、刺される。
しかも刺され方がいやらしい。出血しないから怒りが散る。散って、次の遅延に備えるだけになる。

15分遅延。はいはい。
じゃないんですよ。

  • 乗り換えが崩れる

  • 予定が崩れる

  • 説明が必要になる

  • 謝る必要が出る

  • 焦って歩いて転びそうになる

  • 心拍数だけ上がって体力が減る

これ、時間を奪われてるだけじゃない。
“生活の姿勢”を崩されてるんです。
人間は姿勢が崩れると、心も崩れます。

で、その崩れた心のまま職場に着いたらどうなる?
余裕ゼロ。攻撃性だけ増える。
結果、社会がギスギスする。
遅延って、社会全体の機嫌を悪くする装置なんですよ。

「安全確認」の免罪符化が一番ムカつく

もちろん安全確認は必要。
でも必要だからって、何でも許されると思うな。

「安全確認」って言葉、今はもう“免罪符”として機能してる。
しかも万能すぎる。原因が何でもこれで済む。
説明の義務を放棄できる魔法の言葉。

でもさ、頻発してるなら、もうそれは“安全確認”じゃない。
“安全が維持できてない証拠”です。

本来ここは逆なんですよ。

  • 頻発するなら、原因を分類して

  • 対策を設計して

  • 再発率を下げて

  • その結果として「安全確認」が減る

この順番であるべきなのに、現実は、

  • 頻発する

  • とりあえず止める

  • とりあえず流す

  • とりあえず再開

  • 次の日また同じ

これ、改善じゃない。回転です。惰性の回転。都市の惰眠運転。

そして最大の敵は「慣れ」だ

遅延に慣れたら終わりです。
遅延は“慣れさせた側”が勝つゲームだから。

慣れた人間はこうなる。

  • 遅延を前提に行動する

  • 余裕を削って早く出る

  • 早く出るために睡眠を削る

  • 睡眠不足で判断力が落ちる

  • 余裕がなくなり、ミスが増える

  • 余裕がない人が増え、トラブルが増える

これ、都市が自分で自分を不機嫌にする永久機関です。
エネルギー源は「人の我慢」。

しかもムカつくのが、我慢した人ほど損をするってこと。
ちゃんと時間を守ろうとする人、約束を守ろうとする人、早めに出る人ほど、遅延の被害を受ける。
真面目な人間が、都市に踏まれる。

この構図、ボクは大嫌いです。
真面目を損にする社会は、腐る。

「線路内立ち入り」が多いってことは、都市の境界線が壊れてるってことだ

線路は“入ってはいけない場所”の象徴です。
そこに人が入れる。入ってしまう。入らざるを得ない。
これは境界線の破壊です。

境界線が壊れると、都市はどうなるか。
全部が曖昧になる。

  • ルールが軽くなる

  • 監視が形骸化する

  • 予防が後回しになる

  • 後始末で回すのが常態化する

そして都市は、“人間の失敗”で回るようになる。
人が失敗することを前提に運用してる社会って、絶対にどこかで大事故になる。小さな遅延を積み重ねて、いつか大きく崩れる。

だから言いたい。
遅延は単なる不便じゃない。警報です。
都市の警報が鳴りっぱなしなのに、みんな「うるさいな」で済ませてる。

迷惑なんですけどwww ←この軽さが、逆に本気の証拠だ

「迷惑なんですけどwww」
この笑い、冗談じゃない。
笑わないとやってられないやつです。

本気で怒ってるとき、人は逆に軽口を叩く。
重すぎる怒りは、そのまま出すと自分が壊れるから。
だから笑いの皮を被せて出す。これが都市生活者の防御。

でも防御してる時点で、もう攻撃されてるんですよ。
遅延が、ボクらを日常的に殴ってる。
だからボクは殴り返す。言葉で。

言いたいのはこれだけだ

遅延が当たり前の都市は、住民の寿命をチビチビ削る。
時間じゃない。精神の寿命を。

だから、列車を遅らすな。
理由があるなら、二度と起きないように潰せ。
「安全確認」で済ませる回数を減らせ。
遅延を“天気”にするな。事件として扱え。
真面目な人間が損をする構造を、平気で放置するな。

ボクはね、昨日の15分の話をしてるんじゃない。
昨日も今日も明日も、同じ調子で削られる“生活そのもの”にキレてるんです。

そして最後に、もう一回だけ言う。
まーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー多いね。ほんまに。
この「多い」を、当たり前にするな。


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