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銀行から自転車に乗ってきた白くま

私は熊である。

そんなわけはない。「私は熊である」と表明したとたんに、私は熊ではなくなる。まぁ、それはそれとして禅問答が得意な方にその先の検討は譲りたいと思う。

私は【動物園の】熊である。

正確に言うと動物園の熊である。そもそも熊は狂暴である。いや、狂暴であるというよりも、狂暴なのは人がいる(人に危害を加える)からであって、熊が狂暴である理由は他にない。そんな熊だが、なぜ私が動物園の熊か。それは餌をもらえて寝る場所もある。三食昼寝付きである。仕事と言えばお客さんの前で何かすればいい。寝ていてもいい。特に契約期間もない。基本的には経済的な心配はない。多くの場合、そこで一生を過ごせる(と思う)。

檻で暮らす、強固な柵の中でしか動けない。この制約さえ受け入れればこんなにいい暮らしはないだろう。

私はたぶん?実は、結構狂暴でキレたら何をするかわからない(笑)。といってもそんな乱暴なことではなく、年に何度もないがたまにキレ散らかす。体がでかく、それが熊っぽくもある。キレ散らかしたあとにしゅんとするのがリアル熊とちょっと違う程度である。でも、自分でいうのもなんだが普段は害がなく、その辺においてあるくまちゃんのぬいぐるみ程度のものだろう。もちろん有名なくまのキャラクターであるわけもなく、まぁとくべつではなく、そこかしこにおいてあるくまのぬいぐるみである。こういうぬいぐるみのくまは、そとでじぶんのえさをとるのはむり。だれかにえさをもらうしかない。「どうぶつえんのおにいちゃんや、おねえちゃんがくれる」ここでくらせたらいいなぁ…

【狂暴】と【くまちゃん】が両立するのは、やはり動物園ということになる。少々情けないかもしれないが、これを情けないというと動物園の熊を敵に回すことになるので、それは避けたほうが無難である。

動物園の熊は人間に見下ろされ何を思うのだろうか?「人間はごはんをたべるために苦労をしているんだって?」「かわいそうだなぁ」「みて、あのちっちゃい子、大声で泣いている。うるさいなぁ…」「ソフトクリーム?っていうのか?うまそうだな」「ボーナス?どんなナスだ?」とか。まぁ世界に上も下もないとすると、見下ろされているのは人間かもしれない。熊が自由で、人間が檻に閉じ込められた不自由な存在なのかもしれない。上下も内外も人と熊のそれぞれの状況次第でコロッコロ変わる。一貫性を求められたりもするが、定規じゃあるまいしそれを実現できる人間はまずいないだろう。人間も熊も大いに不確実で筋など通っていない。それでいいではないか!

そんな折(笑)、檻に入っている不思議な方を見た。人間でも動物でも植物でもない。その次に来そうな「モノ」である。

ある日駅の近くを歩いていた。その駅は再開発事業?が行われており、少々おかしなところに広い土地がある。散歩でもできれば…とも思うのだが、当然にフェンスが張り巡らされている。1.5m?くらいの比較的低いフェンスである。鳥にも入られたくないのか何なのか知らないが、ごく一部のフェンスの上にはトゲトゲが施されていた。フェンスが一部足りなくてどこからか持ってきたのだろう。色が少し違っている。

その広い土地、フェンスの向こう側に【自転車】がぐしゃっとまるまったように放り投げられていた。フェンスからはそこそこ距離があった。状況から人間の犯行?だろう。きれいに横向きに倒れているわけではなく、ハンドルがグリっと全開に切れていて、もしかしたらフレームも曲がってしまっていたのかもしれない。そのくらいひしゃげていた。

『どうやったら、あそこまでぶん投げられるのだろう』

広大な土地のフェンスのちょっと先、ぐしゃと丸まった自転車がいる。彼には赤いシールと黄色いシールともう一つ何か番号が貼ってあった。防犯登録と学校のシールとマンションのシールのように見えた。

『あぁ、こいつにも名前と住所があったんだな?』
(今もあるのか・・・)

なんとなく盗まれた自転車であろうことは想像できた。盗まれた人もさぞ不便だろうし、心を痛めていることであろう。ん?むしろ新しい自転車に乗れるというルンルン気分だろうか。私は前者であって欲しいと思ってしまう。

私は私なりに、彼の声を聞こうと思ったが、再開発工事の騒音にかき消されてその声を聴くことはできなかった。できれば柵の外に出て元気なベルの音を聞きたい…そんなことを思った。

駅に家に急ぐ人の流れは、彼に気をとられることなく、その自転車を空気とも感じずに、夕焼け空の下、スーッと静かに流れていく。


あっ、自分の自転車パンクしてた(汗)

・・・

ということはなく、そもそも自転車に乗ることはほとんどない。

なんとなく後ろ髪を引かれる気がしたが、私には、どうすることもできず家路についた。

自転車屋さんの前を通って
(あぁ、あの彼はまだいるだろうか)
自転車のおっさんにベルを鳴らされて
(あぁ、あの自転車はどうなったか)

感傷に浸るほどのことではないが、気持ちの中に小さな小さな石があるような感じだろうか。ほとんど感じないが、そういえば感じるような。

そろそろ家に着く。「あぁ、今日も終わったなぁ」なんて思いながら、いっちょまえにおしゃれなカードキーでドアのかぎを開ける。ウィーン・・・ガチャン(アナログな音がなる)

息子が留守番していた。玄関に入ると息子が駆け寄ってきた。いつもとは少し表情が違った。何か曇っているというのか気にしているような。「どした?」と聞いてみると、リビングにおいてあるランドセルから、白い何かを恐る恐る持ってきた。

(まさか!わんちゃんやねこちゃんじゃないよな…)

小さな白いくまのぬいぐるみだった。

『これ。銀行の前で拾った。かわいそうだから持ってきた』
『おかあさんに内緒にして、お父さんどうにかしてよ』

無茶ぶりである。見る限り落とし物というより、それなりに時間のたったものであることは明らかだった。(深いため息…どうしようかな…)。ひとまず結論を急がず「わかった。お父さんがひとまずあずかろう。きれいにしてから考えようか…」と伝え、息子はほっとしたような、いつもの顔に戻った。

白いくまのぬいぐるみのことで、自転車のことは外に追いやっていたのだと思う。(ここ2,3日でどうにかしないとなぁ。ひとまずざっくり手洗いするか…おかあさんには内緒って…)

次の日、駅の前を通ると、自転車のことを思いだし、その広い土地に目をやった。

ひしゃげた自転車はなかった。

持ち主のもとに帰ったのだろうか。それとも回収されて処分されたのだろうか。勝手に処分できず警察が対応したのだろうか…。法的なことは知らぬが、ほっとしたような気もするし、心配のような感覚もあるし、とりあえずここまでが私の担当…と割り切った。

その日、家に帰って、自分の仕事部屋の出窓にちょこんと置いてあった白いくまのぬいぐるみを見た。自転車のことが頭の中にぼんやりあって、自分がそこに置いたことをすっかり忘れていた。

鞄を置いて、改めて白いくまのぬいぐるみを見た。西日が白いくまのぬいぐるみにあたり、白いモフモフがきれいなだいだい色にみえた。

「うん。よし。うちの【白くま】にしよう。」

息子が私の部屋のドアをこっそり開けていた。

にっこり笑っていた。

ひとさし指を小さな口の前に立てて

「おかあさんには、ないしょね。」
「し~ぃ」

動物園の熊と、白いくまの暮らしはまだまだ続く。

(自転車はどうしたかなぁ)

『おーぃ。自転車の補助輪いつ外すんだ??』

息子がいった。
「あしたかな?」

(ふっ。明日には自転車なくなるぞ(笑))

すっかり暗くなっていた。
もうすぐお母さんが帰ってくる…

アイスの白くまを買ってきたらウケる。

ばんごはん、なにつくろ?


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