時速8982kmのありがとう
ありがとうの価値。
知らん。
私の調べによると、「有り難い」とされる「ありがとう」はちっとも「有り難くない」ことが判明した。
私はあらゆる動物の中で特異とされるヒトに属しているようだが、その特徴であるコミュニケーション手段としての言葉は、言うほどの価値はないと考えている。
・・・
ね、思えば感謝という言葉は、うさんくさくないか?なぜゆえに「謝る」を「感じる」のはちっともありがたくない。私は、ありがとうも、ごめんねも全く必要のない、自分を無理やり卑下する言葉のように思う(んな馬鹿な!)
おそらくアンパンマン三輪車が時速8982kmビッタリの速度で、最寄りの駅にたっている缶コーヒー飲んでいる私を破壊しながら通過する鬼列車のようか存在…それが「ありがとう」という言葉だ。たちが悪いのは、その鬼列車の運転士が自分自身であることだ。
ところで缶コーヒーはどこにいったのだろう?あれこそ有り難い存在なのだ。缶コーヒーはいつも素直だ(笑)8982(爆発)したとすればこれ以上の悲しみは、特にない。
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爆散した私は、わずかに残った脳のチップintek Birth1977を駆使して、ターミネーターの液体金属のごとく、爆散した私分子を再結合し、見事にボロボロの状態程度には復活した。
あっ。缶コーヒーはまだ買ってなかった!(笑)
・・・
たぶん(たぶんだよ!)ありがとうやごめんねを乱発するのは、その価値を下げるんだよ。受け取る方は、発する側が自らを爆散させてまで生み出した「ありがとう」なんて、スーパーのレシートをグチャッと丸めて捨てるような程度にしか感じていない。
私が発した「ありかとう」は
受け取り側にとって
全くありかたくないのだ。
衝撃的な事実に気づいたわたしは
ピンボイントで購入した
ペブシコーラのレシートを
捨てていた。
あっ。
よく見たら、
ギルティ炭酸だった。
なんとなく「ごめん、レシート」
ん!
これぞ、【謝る)を【感じる】!
なのか?
・・・
100円ショップで買った2つで100円のポリンキーとCheetosを愛でながら、駅のホームで次の鬼列車ならぬ回送列車の通過を待つのであった。
プシュッ!
ふぅー。
缶コーヒーは
ブラックがいい。
ゴトンゴトン
ゴトンゴトン
ゴトンゴトン
時速40kmくらいで
安全に通過していった。
結局は
ありがたいのかもしれない。
ありがとう!
Cheetos!
やれやれ。
