木に寄りかかりたいサーファー
私はサーフィンをしたことがない。
(あぁ、そうですか。で?)
私の住んでいる千葉県には、たくさんのサーファーが訪れる海がたくさんある。サーフィンの何たるかは全く知らないが、真冬にも冷たい水に入り、波に乗る人がいるほどの魅力があるのだろう。

LEGOの写真を見て、思いにふける。
・・・
私は泳ぐことが好きで、相当な距離を泳ぐことができるが、海とプールは全く違う。泳ぐのと波に乗るのも遥かに違う。しかし、水という共通点がある以上、これは挑戦するしかない。スキューバダイビングにも挑戦したかったのにできていない今がある。
「五十にして天命を知る」という言葉があるように、50歳で天から与えられた自分の使命を悟る…サーフィンだろうか、スキューバダイビングだろうか。まだもう少し先だが、今年50歳になることを考えると、そろそろ【店名】に向けて…というのはある。単に誤字…店名ではなく天命だ。(どうしても仕事が気になっているのだろう…)
ん?
あながち間違いではなく店を始める店名が天命なのかもしれない。人生は300年時代と豪語している人がいる(私だ)。まだまだサーフィンでもスキューバダイビングでもスカイダイビングでも、ネットショッピング?もできる(笑)。
来た道を見返せば、まもなく終わる40代。「四十にして惑わず」…何を隠そう生まれた瞬間から、自己の存在に迷っている。迷うのは楽しい。だから人生はやめられない。ただし、迷いすぎるとドブ板を踏み外すので注意が必要だ。仮に踏み外したとて、ドブから上がってシャワー浴びればまた迷える。
ちなみに、
迷わずにシャワーにたどり着けるかは
時の運なのだが…。
そのどぶ板を踏み外して数十年、四十にして迷って、今も迷い続けている…私が、五十にして天命を知るわけがない。ネットショッピングに集中すれば、プロフェッショナルの顧客として日本経済に他を圧倒する貢献ができる…
こういった社会貢献も
真の貢献になるのかな?
そういえば「真」と「貢」似てる。よく言われる「南に犬」。そういえば冒頭の写真、犬は南を見ている…のかもしれない。よくわからないが、私は貢献している気がしてきたから不思議だ。
もちろん、サーフィンでも、スキューバダイビングでも、ばっちり真の社会貢献だ。何でも社会貢献だ。この駄文も誰かが一人でも読んでいれば社会貢献だ。いや、私もあなたも誰でも、その存在が社会貢献だ(と思うよ)。
冒頭のLEGO。私がつくったものだ。その美術的な完成度はともかく、今の私は、大きな自然の中で、でも少しでも命の気配を感じて休みたいのだと思う。木によりかかるようにね。
いくら元気らしきものを吹きまわったとて、
所詮、空元気だ。
その偽りの元気は
青き空に、広き海に消えていく。
気まぐれに吹く風のように、
わずかに寄せては返す南の島のさざ波のように…。
元気か?元気がないのか?
走るか?休むか?
それとも…
泳ぎたいのか?
なんとなく水が、空が
澄んだ青が、呼んでいる。
・・・
蛇口をひねる。
ゴゴゴ…ジャー…シャー…シュー…
ゴクゴクゴク…
澄んだコップで
我が家の透き通った水道水を
飲み干す。
電気をつけていない、
朝日がわずかに入る台所。
シンク横に
水玉模様を残した空っぽのコップを置く。
コップを置いた台に
両手をついて…
・
(んー)
・
(ふぅー)
・
ワンワンッ!
ワンワンワンッ!
ワンワンワンワンッ!!
近所のわんちゃん
そのやかましい鳴き声が
今日は許せる気がした。
ん?
ところで、
まだ「蛇口をひねる」と言うのだろうか?
やはり、迷ってばかりだ(笑)
