いちごケーキの歌
昭和の古い歌ばかり…と。
私が口ずさむ歌が、あまりに古く生まれる前の歌…。私はその歌たちを口ずさむのはなぜだろう?。ハッキリ言って確かに【古い】。私自身そう思うし他人がみても間違いなく古い。嘲笑されることも少なくないし、反面、昭和ブームに乗っかっていると思われたり。どういわれても自分の感覚を否定するつもりは一切なく、単に好きな歌は好きというシンプルな話だ。最新の歌にも素敵な歌はあるし、実際口ずさむこともある。
歌い継がれる歌も実は【古い】のだが、時にその古さを磨き上げ、とても美しく演出される。静かに目を閉じて、その瞼の裏に懐かしい思い出とともに、深く耳の奥に響かせる。こういうときは、古さがまったく違う何かに変わる。渋い?いぶし銀?いやちょっと違うなぁ…。【底光り】がちょうどよさそうだ。
底光りする歌(詩)
その歌が放つ光と、深い海の底から天高く舞い上がる風、澄み渡る空から降り注ぐやさしい光…その光が海の底が長い時を経て深い海の底に届く…。海面にきらめく新しさと、海底に底光りする古色…。
温故知新というような教訓めいたものではなく、人間には把握しがたい大きな循環の中に、人間の歌がある。私のような下流国民にその循環をかみ砕くのは、巨大な鉄の塊を天の川銀河の外側まで、左手で握って投球するようなものなのだが…。
どんなものなのだろうか?(笑)
もう歌の話は、天の川銀河の外側の藻屑になってしまった(汗)
・・・
でもね、古き音が響いたから、あたしいと認知される「今の音」があるのは間違いないと思う。そして「今の音」が【古き音】になり「新しき今の音」となる。
私は、1つの点を見て、点を真っすぐ並べた棒を見て、棒を敷き詰めた大地を見て、大地を積み上げた空を見て、空から見下ろす点を見る。視点を変えることで、すべてを見渡せるように心がけている。
その分、その1つの点の深い視点には至ら【ない】のが、私の欠点なのだ。すべての点の、棒の、大地の、空を…それぞれ深く理解しようとする人々とてを取り合って、この世界を眺めていくこと…。
どんなことなのだろうか?(苦笑)
・・・
例えば
① 自然科学的に…
海面から大量の水が蒸発し、上昇気流にのって空に届き、空から強い雨を降らし、空気を巻き込んで下降気流、高気圧の空から太陽光が海面に届く。この循環そのものが、時間の変化ΔTによって変化していく。
② 心理学的に…
生まれてから、様々な体験をする。外界との接触を通して受け取る多様な成功や挫折の体験、次に成長しようとする心の循環…。行動と感情と成長の循環が時間の変化によって、らせん状に変化していく。
③ 仏教的に…
ある行動をすれば(業)、その業に因果応報の法則が働いて、また次の業に…この世を歩き回り、やがて死を迎える。しかし仏になれるまで輪廻転生を繰り返す。前世、現世、来世…と時間の変化によって、らせん状に変化していく。
④ 私の知っている聖書の言葉から※
創世記13章「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見えるかぎりの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える。…さあ、この土地を縦横に歩き回るがよい。わたしはそれをあなたに与えるから。」。東西南北の象徴としての十字架…、子々孫々歩き回り成長する象徴…。
※ この言葉は、映画「休暇」の教戒師の言葉で知った。
⑤ 他いろいろ。
例えば、宮沢賢治の童話「風野又三郎」のセリフ「大循環の話なら面白いけれどむずかしいよ。」…と自然の循環を伝えようとしている。
うーん…
疲れたが、なんとかここまで頑張った!
・・・
様々な境遇にいるすべての人々は、現在の社会という状況の中で、それぞれの音楽を奏でて愛でている。その音楽を愛でる人間は時々刻々変化し、奏でる音楽も愛でる音楽も変化していく。社会の変化が人を変え音楽を変え社会を変える。古さも新しさもすべてを飲み込んで「音楽」の歴史が紡がれる。
じじつ、古い歌も、新しい歌も、心をいやすのだ。
そんな私は、
前世では笑い者で、多少成長し
現世では変わり者で、多少腹が減り
来世では…飯を食う
いずれ仏になるだろうか…
東西南北、縦横無尽に歩き回って
すこし減量できれば…
仏になれる…【気はしない】(笑)
食欲をダイエットしたいという欲が
まわりまわりまわって…
なぜだろう?こんなイメージが…
生クリームたっぷりで
いちごがたっぶりならんで
大きなホールのケーキが
くるくるまわって
腹が減る。
ケーキは
新しいものがよさそうだ♪
