ゴミ捨ての流儀ーありがとうを添えてー
ひっそりと
しかるべき時に
しかるべき不燃ゴミを
しかるべき場所に置く
人はこういうことを日常的に行う。あまりに当たり前すぎて、特に言及するようなことはない。そもそもわたしの文章において、言及というほどの何かを言い及んだことは、ほぼ【ない】。
この不燃ゴミの処理についても、誰に何を言わずとも規則正しく、ルールに忠実に、寸分の狂いなく処理する者もいれば、一住民としては了解いたしかねるほどに、不適切な処理を行う者もいる。
この際、ここで、白黒ハッキリつけようと思うわけがない。わざわざ不届者を指差して、糾弾することに費やせる時間も力もない。
そもそも…
面倒ごとに関わりたくない。
そんなざっくりといい加減な私も、厳密な処分を行えたと自負できたことはない。第一、不燃ゴミの袋の中には、不燃ゴミには該当しないものが、必ず混入しているのだ。電子顕微鏡を用いてすべてを確認したとて、不純物は取れないのだ。
キレイずきな方には、残念なお知らせなのだろうが、どんなに掃除をしたとて、ハウスダストゼロの環境はありえないのだ。もちろん人間がそこにいなければ、ハウスダストはない。ハウスダストは、人間に影響を及ぼすものとして存在するのであって、影響を受けるはずの人間がいなければ、ハウスダストは存在しない。(は?笑)
私は経歴上、どうしてもゴミの話になると熱くなってしまう。詳しく述べると、およそ100000000ページはいらないと思うほどには、大切にしたい経験があるからだ。
そんなこともあり、ゴミをめぐる人間の振る舞いへの関心度は、もはやゴミ職人との異名をもつ…と、思い込んでいるレベルだ。(大丈夫だろうか?私は?)
・・・
私の地区は、週一特定の曜日に、プラスチックゴミとペットボトルの回収がある。加えて隔週で、不燃ゴミの回収も重なる。
不燃ゴミが重なる日は、当然大変だ、出すものによっては、一回では済まない。地味に重労働だ。
その日、私は、ごみ置き場と自宅の間を3往復した。おそらく不燃には該当しない物が混ざっており、各方面にご迷惑をおかけしたに違いない。(は?笑)
やっと終わった。両手をパンパンと軽く叩いて、その手を腰に当て「ウーン」と体をほぐした。家に戻ろうと歩いていると、同じような仲間が大勢いた。
皆、覇気のない顔をして、視線が交じることなく、すれ違っていく。当然私の覇気もない。
・・・
んー。
何を認められたいって、
【ゴミを処分する】
【一連のプロセスを】
【締切時刻までに】
【完遂したこと】
(但し、微細な異物混入あり)
やっぱりこの任務遂行は、もう少し認められていいはずだ。まったくこんなに明らかに大変なことを当たり前にやっているのだ!
「かんしゃしろよーーー』
「わたし、今日も頑張ったよ!」
「お部屋キレイになったと思わない?」
ありがとうは、
この国から消えてしまったのだろうか
・・・
承認欲求なる言葉が流行っている(のかな?)。承認って…。何をそんなに肩肘張って『俺は優秀でこんなにやってんだから認めてくれ!』。好きにやってくれればいい。
何をやっているのか?やっていないのか?知らないが、私のゴミはどこの誰がどう処分してくれたのだろう。考えもしない、そして特に考えなくても、何ら問題ない。
しかし、大体の人は、自分の出したゴミの尻拭いを誰かにさせている。その誰かの存在を認めたことが、一度でもあるだろうか?
その存在を認めるも何も、その存在にすら気づかない私たち。
私に、
ありきたりな質問をしたい。
『ありがとうって何回言った?』
『ありがとうって何回言われた?』
私の思う【ありがとう】は、感謝というよりも、その人の存在と行動を【まるごと見ましたよ♪】のサインだと思っている。
今度、
右手にバードカウンター持って
【ありがとう】の言った回数を
左手にバードカウンター持って
【ありがとう】を言われた回数を
数えてみようと思う。
(但し、カウントミスは多少ある)
ついでに、デスク脇に
チョコレート専用カウンターを
専用ステーで固定し
口に投入された個数を
数えてみようかな?
今日は、いくつ食べたかな?
1個?2個?3個?……10個……?
やばい(汗)
【ありがとう】より多そうだ。
もう一つくらい
いいよね?
チョコひとつ。
