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瀬戸の舟頭 ~どんぶらこ、ぎこぎこ~

瀬戸は、日暮れて、
ゆうな~み、こなみ~

なぜだろう。時々この歌を聴きたくなる。自分の生き方とはまったく無縁ともいえるこの曲、詩が自分に励ましになっている気がする。

心の動き?感じたことを、できるだけ正確な言葉にするために、「瀬戸の花嫁」をヘビーローテーションにして耳に入れつつ、書いていることの整合性など一切無視して、つづってみたいと思う。なぜこの歌を聴きたくなるのか、内面を掘り下げつつ、掘り下げないようにする(笑)。

・・・

目を瞑って聴いてみると、瀬戸内海の海、おだやかに見える水面に太陽の光がきらきらしている…。自分は舟から見ているようだ。

なぜか、私が舟。オールというのかなんというか、あの木の棒を心地よく操作している船頭が見える?漕いでいるのだろうか。花嫁の姿を少し遠くで見ているような、わずかににっこりしながら、舟を進めていく。

潮の流れが速くなると、花嫁の表情が少し硬くなったように見えた。慣れ親しんだ温かい故郷から、新しい世界に飛び込もうとする決意、船頭の私も速い潮の流れに気を使いながら、表情も体の動きもピリッと、ピシッと。

名前は知らないが素敵な島々…。私もその島々に見守られているような気持ちになる。

なぜだろう。このあたりで「あたなの島」に近づく様子がなく、ずっと舟をこいでいる。だんだん花嫁の姿が見えなくなってくる。

船出した港がみえる。港で手を振る人たち。なぜだろう、私が帽子を振っている。その姿は宇宙戦艦ヤマトの「手を振る人に、笑顔で応え…」か、笑顔の中に決意と不安とを織り込んで。

関西の地で頑張る弟と言葉のないエール交換をしている、

弟:「にいちゃん、父さん母さん頼むよ~」

私:『おう!任せとけ!』

私:『新しい仕事がんばれよ!』

弟:「おう!任せとけ!(笑)」

ありきたりの、でも離れている兄弟だからこそのエール交換のように思った。

・・・

そのままの、ある意味でありふれた家族の風景が映されているのだと思う。生まれ育った家族との別れなのか、もう一度、縁を結びなおそうとしているのか。あるいは私が新たな門出を迎えているのか。ゆっくりと港を離れる舟、舟の後につづく白い波紋が言葉にならぬ言葉のように感じる。

・・・

私の『もう一度、がんばるぞ!』、今現実に起きていることが矛盾なく連なっているのだろう。まさに瀬戸内海の島々の様に。それは私のこれまでの経験なのかもしれない。夕焼けの日差しに照らされる一つ一つの経験(島)を眺めて、どこへ行こうか。時に潮の流れに身を任せ、またあるときは潮の流れに逆らうように。

オールなのか、木の棒なのか…
頼りないのか、頑丈なのか…

舟は夕焼けの日を背に

どんぶらこ~
ぎこぎこ~

どんぶらこ~
どんぶらこ~

ミシミシ~

ざぶ~ん
ざぶ~ん

どんぶらこ~

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