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紙ヒコーキと缶コーヒー

陽のあたらない職場の裏。
夜の闇が先に訪れる場所で
誰かが泣いていた。

紙の山脈に囲まれた私の机…
西向きの窓から
穏やかに差し込む夕陽が
その山脈を照らし、
終業時刻の訪れを知らせていた。

日中の慌ただしさが
少しずつ別の慌ただしさに変わった。

「おつかれさまでした」「あがりまーす」「またあした」「それは明日にしよう!」「もう少し仕事かな…」「飲みいきます?」などなど。

終業時刻、それぞれの思いをのせた紙ヒコーキは、上に下に右に左に飛び交っていた。

私は、上司から頼まれたデータの整理が追い付かず、残業をすることになった。先輩は「今日やっちゃおうな」…と苦笑い。私も素直に『そうですね。やっちゃいましょう!』と苦笑い。先輩がくれたクッキーを食べながら、そのデータの不整合に首を傾げていた。

(今日は少し遅くなりそうだな)
(早く帰りたいな…)

私は言葉にこそしなかったが、見えない紙ヒコーキを飛ばした。先輩は新婚で早く帰りたかったに違いない。

仕事は峠をこえ、あとは単純な書類整理だけだった。私は『先輩、あとはやっておきます。奥さん待ってますよ♪』と何度か繰り返すと、先輩は少し照れるように腕時計をちらっとみて「ありがとう!先に帰るね!」…と。

私は「よし。あと少し。」とラストスパートの紙ヒコーキを飛ばした。気がつくと誰もいなくなっていた。私の紙ヒコーキはどこかさみしく飛んでいった。

カタッ!コツン!カランコロン!カンカンカン…

職場の裏から空き缶が転がるような音がした。

私は書類整理の手を止め、音の正体を確認すべく職場の裏に急いだ。埃っぽい床に空き缶が転がっていた。空き缶から視線を上げると、2年下の後輩がうつむいていた。

私に気づいた後輩は、不自然な笑顔をむけて「あっ!おつかれさまです!」と。手にはくちゃくちゃの小さなタオルが握られていた。後輩は「大丈夫です!もう帰りますね…」、引きつった笑顔を隠すようにこの場所をあとにした。私の足元には空き缶が転がっていた。その空き缶は、動いていないのにいつまでも音を立てて転がっているように感じた。

仕事をしているといろいろなことがある。社会人になってからそろそそ30年、私もだんだんとベテランの域に入っている。業界も職場も様々に転々としているが、共通しているのは『いろいろ』あるということ。職場とは公私ともに入り混じって一言では言えない、カオスな空間だ。このカオスな空間で…

・与えられた任務を誠実に全うする
・自らの考えをわかりやすく示す
・先頭に立って新しい仕事に切り込む
・仲間の意識を統一する
・仲間のモチベーションの維持向上

挙げればきりがない。

人事労務の仕事が一番長くなった私は『仕事』がなんなのか『職場』が何なのか『働く人』とはなんなのか、社会的にも物理的にも心理的にもカオスな空間でこんなことができるのだろうか。この問いに【YES】と答える自信はない。いや、おそらく【NO】だ。だからこそ人事労務には、いつまでも同じような課題が並んでいるのだ。

もう20年ほど前に、職場の裏で泣いていた後輩。いったいなぜ泣いていたのだろう?誰かに何か言われたのだろうか。お客様とうまくいかなかったのだろうか。プライベートで…。いずれにしても私が考えたところで理由などわからない。

私は、あのとき後輩にどう声をかければよかったのだろうか。何を伝えればよかったのだろうか。転がった空き缶をゴミ箱に入れてよかったのだろうか(もちろん物理的にゴミ箱に入れるのは当たり前なのだが(笑))

今、あの後輩はどこでどんな仕事をしているのだろうか。あの職場で働き続けていれば、それなりのポジションにいるはずだ。どんな仕事ぶりかも気になるが、今、後輩と話してみたい。

『あの時なぜ泣いていたのか?』

そんなくだらない話はしない。その後輩と一緒に仕事をした思い出話をしたい。職場の頻繁に詰まるポンコツなトイレがどうなったかとか、くっだらない話で盛り上がってみたい。その先に、どんなことが苦しかったか、私の当時の気持ちも伝えたえてみたい。しかし、私の気持ちとて仕事のことであれば、カオスな空間にいる私の気持ちは当然カオスだ。おそらく先輩も後輩も同じだろう。カオスなことを言葉にすると、途端に陳腐になる。流れるようにお互いのカオスを語り合うのもいいが…

陽のあたらない職場の裏。
夜の闇が先に訪れる場所で
人知れず涙していたかもしれない後輩に

今こそ、心を込めて伝えたい。

『おつかれさま。また会おう!』


後輩が好んで飲んでいた缶コーヒー、
最近めっきりみなくなったぁ。

いま【わたし】に
伝えたいことがある人は
できればクッキーと
缶コーヒー持参で
お願いします!

そんな人、いないな(笑)

西向きの窓に見える
穏やか夕陽にとんでいる
紙ヒコーキが缶コーヒーに
やさしく溶けていった。

#いまあなたに伝えたいこと

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