2896ーユーモアの中の人ー
2896
決して暗証番号ではない。鋭い人か知っている人なら知っている、この番号、そう「つば九郎」だ。ヤクルトスワローズのマスコットのつば九郎だが、彼のふるまいがとても面白い。動画でよく見るのだが、彼のユーモアを見ていると、クスっと笑えて脱力…からの、シフトアップ!。力任せのローギアから、セカンド、サード、トップ、かろやかなオーバートップまで、半クラッチなど不要なくらいにスムーズに、かろやかに体が動き出す。
(そのうち半クラ(半クラッチ)なんて死語になるのかもしれない)
・・・
それはさておき、
なんでこんなに面白いと感じるのだろう?
そんな素朴な疑問がわいた。そこで私なりに考えてみた。
まずは、つば九郎さんのユーモア。
これは外せない。一度見ればそのユーモアは誰にでも伝わるはず。時に人間がやってしまったら大炎上間違いなしの行動も、さらりと臆することなく、そのコミカルな【動き】でやってのける。ボケもツッコミも喜怒哀楽のすべてを、動かない表情を逆手にとって、体の【動き】を使う。歩いているだけで面白いことも多々ある。
二つ目は、つば九郎さんの中の人そのもの。
最近知ったのだが、つば九郎の中の人が、球場の元警備員だったとのこと。中の人の生きざまが、なんらかの縁を引き寄せ、つば九郎に抜擢されたに違いない。こうしたかなり稀な経歴も、あの独特のコミカルな振る舞いにつながっている気がする。私の勝手な憶測だが『つば九郎になりたくて!』という必死さよりも、普段の関係者との信頼があっての抜擢、自然の成り行きで縁があった…と。
私の経験上、何かを目的として得る信頼関係よりも、結果として形作られた信頼関係のほうが遥かに固い。そして、思わぬ形で面白い結果が出るのは、たいてい後者の信頼関係だ。信頼関係の閃光が、つば九郎を生み出したと、勝手に思っている(笑)。
三つ目は、球場の広さ、そして狭さ。
当たり前だが、球場はとにかく広い。つば九郎が縦横無尽に何に遠慮することなく駆け回れる。この広さがあるから、見ているほうも気持ちよく風に吹かれたユーモアを楽しむことができる。反面、つば九郎が動けるのは、球場の中という限界がある。でもこのなにをどうやっても越えられない閉じた空間だからこそ、まるでスクリーンの映画を見る感覚で楽しいのだと思う。
枠内におさまる広さ…自由の限界が、つば九郎に自由を与える。なんとも面白い話だ。
四つ目は、ごちゃごちゃな人。
球場には、選手や監督など、観客など、球場関係者、チア、マスコミ…とにかくごちゃごちゃに、いろいろな人が集まっている。皆が球の行方に注視しているわけもなく、それぞれにあちこちむいている。審判のファンもいる。野球に興味がないのにつれてこられた人もいる。二日酔いで出勤した事務関係者もいそうだ。こういうめちゃくちゃな人間たちの中だからこそ、”つば九郎”が活きる。
つば九郎に関心のない人がいるから、つば九郎は人気がある(また謎発言だ…)
他にも、つば九郎のデザインとか、つば九郎の周りにいる人たちとか、他球団マスコットとのやりとりとか、固いことならば社会の閉塞感とか。いろいろ理由はありそうだ。
・・・
そんなつば九郎も、いろいろな環境のなか、周囲の支えと共に生きてきた。少し休んだ期間があったが、今またそのユーモラスな姿で動き始めた。
ヤクルトスワローズのファンというわけではないが…2026年のスローガンは
燕心全開(エンジン全開)
私がつば九郎の面白さと生きざまに関心がいくのは、今の私に必要なものが『つば九郎』なのだと思う。私は、2896便。飛べないつば九郎のように地面を踏みしめ、燕心全開!滑走路を駆け出し、ふわっと離陸する日。
ユーモアが世界を救うかは知らぬが
少なくとも
【ユーモアは、私を救う】
つば九郎もそう言っている!
(かどうかはわからない)
そうは言っても
なかなか燕心全開…とまでは
いかぬのだ(汗)
笑ってごまかそう!
わはははははははははーーーーーーーっ!
(燕心全開)
V1!(離陸決心速度)
『もう、戻れないぞ!』
VR!(引き上げ速度)
『(操縦桿を引きはじめる)』
V2!(安全離陸速度)
『よし。飛ぶぞ』
ふわっ。
シューーーーーーーー
ゴゴーーーーーーーー
いってきまーす♪
(どこへ?)
