ロング・ツーリングライダーと情報通信技術について①
探し物をしていたら、1984年8月にツーリング中の私〈僕〉が、稚内郵便局から実家の〈自分〉宛に郵送した絵葉書が出てきた。
このツーリング中〈カネの無心で〉自宅に電話をした時、母親が〈僕〉の生存確認をこのハガキでしたと言ったのを思い出した。
出たが最後、音信不通
ロング・ツーリングにでると、その家族・友人や恋人は〈ツーリング中のライダー〉に連絡が取れなかった。
当時は公衆電話が唯一。しかもプッシュ通知待ち。
ツーリングで最も長く〈音信不通〉になったのは、約1か月間だった。
当時の本人は実に気楽なもので、観光地やユース・ホステルなどで赤電話やピンク電話を見つけると、10円硬貨を探り、(ちょっと・・家に電話するか)という調子。なんとなく、親に今の場所を報告してみる。
本人が〈その気に〉ならないと連絡がとれない。親側からすると〈プッシュ通知〉待ちなのだ。
「親の心子知らず」とはよく言ったものだ。今思い出しても申し訳なく思う。
年齢的にも時代的にもノンビリしていて〈寅さん〉を彷彿させるような期間が約3年少々続いたのだ。
自宅電話機は〈ハブ〉で〈サーバー〉
就職すると、大枚はたいて電話の権利を買った。同時に秋葉原で最新の電話機も買った。音声を〈マイクロ・カセットテープ〉に録音できる、〈留守番~伝言預かり機能〉のある電話機だ。
画期的だったのは、電話機にあるマイクロ・カセットテープ(レコーダー)を公衆電話からの〈トーン信号〉で「遠隔操作」が可能だった点だ。
ツーリング中にプッシュボタン式の公衆電話を見つけると、自宅に電話。
応答が有ったら〈暗証番号〉を打ち込む。
番号が一致すると、公衆電話から、留守録を聞く事はもちろん、録音を聞き直したり、消したり、留守である旨の応答録音もできる。
人の居ない部屋で、電話機のマイクロ・カセットが、再生したり、巻き戻されたり、早送りされる様子を見ることはできないのだが、素晴らしい機能だ。
〈1対多〉……つまり、自宅を不在にしているライダーと、家族や友人といった関係者を繋いでくれたのだ。
そうなると、最低1日1回、多い時は複数回、自分への〈伝言〉を聞くため、自宅に電話する様になってしまう。ツーリング・ライダーの優先順位に〈電話〉が急上昇してくる。
真夏のツーリング・シーン
オートバイは公衆電話ボックスの傍らにあり、ライダーは、ボックス内の猛烈な熱気の中にいる。
財布から取り出した〈操作コード〉の書かれたカードを目で追い、トーン信号が鳴るのを確認しつつダイヤルボタンを押す。
額の汗を手で拭いつつ、自宅電話機の応答と、お世辞にも良いとは言えない伝言再生に意識を集中する。
これが1990年中頃までのツーリングを思い出す時、苦笑交じりに出てくる私の記憶だ。
自由とココロの平安のディール
時に〈代償〉付きながら、ロング・ツーリングは、ライダーを煩わしい人間関係や社会から〈強制解放〉していた側面があった。
個人的な体験となるが、
80年代後半から〈安心・便利〉というポジティブな看板を頭上に掲げ、そのような〈雑音遮断〉〈逃避行〉をテクノロジーや社会が許さなくなりつつあった事に、当時は気が付かなかった。
〈つづく〉
