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言葉の視覚化に助けられている

風の噂で聞いた話だけど、VRchatで「無言勢とは仲良くなれない」という層がいるらしい。

私は、そのような人とは出会ったこともないので、噂話です。
私自身は、声を出している人間だけど、むしろ、無言勢の方とのほうがコミュニケーションを取りやすいとすら思っている。難聴者だから。

少し説明をすると、私は、人工内耳という補聴器のようものを使っている。
それを使用して、声の聞き取り検査で8割ほど聞き取れている、という数字を出しているが、それは静かな環境での話でした。
雑音、環境音、他の人の話し声……それらが乗ると一気に落ちて、5,6割ほどまで落ちます。状況によるが、声の聞き取りが難しいくらいにもなり、会話が成り立たないのです。
手話は、簡単な挨拶程度はできるくらいであんまり。

なので、声の会話もできるが、どちらかと言えばペンやチャットを使ってくれる会話のほうが、相手の言葉を確実に読み取れるのでうれしいと思っている。
だから無言勢の方とは仲良くなれないという層がいるし、その話を聞いてショックを受ける方々がいるのは望まない話です。

無言勢がゲームを辞めてしまうかもしれないし、しかたなしに声を出していくかもしれない、それは結果的に理想の環境の母数が減るということなので、これは利己的な記事だ。

正直に言えば、ボイスチャットで話す人のほうが、私にとっては運試しに感じてしまう。人の声質や話し方、マイク環境によって、聞き取りやすさがバラバラなのだ。

個別にボイス音量を調整する機能はあるが、声の大小を調整しても、その人がボソッと喋るような方であれば聞き取りが難しいし、パパっと早口で語られると追いつかない。ボイスチェンジャーをかけてかすかすな声を出されてしまうと、ちょっとお手上げでもあります。
そうした点から、あまり複数人が盛り上がっている場になじみにくい……という気持ちもありますが、それは脱線するので置いといて。

その点、『文字』という共通認識は、日本人同士であれば大きくブレることはないと思っている。一定の情報が保証されている事、私はそこに助けられているのでしょう。

私は、昔からチャット文化の中で生きてきました。
今でこそは爆速でキーボードを叩いて文字入力ができているけど、拙いキータッチの内からwebチャットにハマってきた人間でした。skype、Discord、LINE、Twitterと、文字でやり取りする様々なツールで友達たちと話してきた事が、人生の彩りでした。
そうした文化の中にいたからか、相手にも事情があって返信が遅れることに疑問はありません。「誰々さんが入力中……」と出るアナウンスで、相手がなにか書こうとしてくれる事の期待に、喜びを感じていたのかもしれません。

それと同じようにして、ペンで会話をすることのタイムラグも、特に気にすることはなく過ごしていました。むしろ、相手が話している最中に声を被せるのは、声の有り無しにしろよくないのでは、という言葉のマナーの話になる。

そう、『言葉』だ。
声も使っても使わなくても、人間の間にあるやり取りは、柔軟に色形を変えることができる言葉だ。思ったように伝わったり伝わらなかったりする、しっかりしているようで曖昧な言葉なのだ。

だから、そんな曖昧な言葉というものが、自分の理想とする会話テンポじゃないとしても、傾聴するのが理想だと思っているし、合わないのなら、そっと離れることができるゲームでもある。わざわざ噂になるような「仲良くなれない」という不和に対して、こうしたお気持ちカウンターを書くことだってできる。

少なくとも、私は無言勢が紡ぐ、ゆったりとした時間の流れに助けられている。とても穏やかな過ごし方が気に入っている。彼らの静かなにぎわいに、心をウキウキとさせている。

噂程度の話に長々と語ってしまったが、無言勢の方々が選択したコミュニケーション方法の、ペンやチャットでのやり取りがうれしく思っています。文字を書きつづって下さる方々のおかげで、私は今日も楽しく会話をすることができている。

自信を持って、今日もペンを踊らせてほしいのです。
空中に文字が書けるなんて、それはとてつもないロマンなのだから。