《闘病記》去年の夏、一度「死んで」生き返った!私のビックリ&リアルなお話し。
久しぶりに更新記事を書いている私。
書きながら・・・
”どうして私は、こんなに記事のネタに事欠かない人生なんだろう…と
じみじみと感じている。
これまで、他の人がなかなか経験しないような悲惨なことを記事として書いてきた私だが、
その幾多の経験を乗り越えてきたのだから、
そろそろゆっくりのんびり
楽しく生きていけるだろうと思いながら、
希望を持って生きていた。
ところが、、、ところが、、、
去年(2025年)の夏、
私は、
一度死んで生き返る

という、これまた初めての経験をすることになったのである。
まさか、こんな未来が待っているとは
夢にも思っていなかったから
自分でもビックリしすぎてしまった!(◎_◎;)
数年前から、たまに胸の痛みを感じることがあったのだが、
一年に一回ある…みたいな感じで、長く続くわけでもなく、しばらくするとおさまって何事もなく過ごせていたので、あまり気にしていなかった。
しかし、その「胸の痛みと苦しさ」の症状が、去年の7月頃から頻繁に起きるようになり、8月のお盆の頃には、数メートル歩くのも苦痛になるほどに。
そこまでき酷くなって初めて、
「これはおかしい(><)」
と思い、自分の症状をネットで検索してみると…
これは恐らく
「狭心症」
ではないかという結論に至る。
だからその翌日、
すぐに大きな病院へ向かった。
最初は内科を受診したのだが、私の症状を詳しく聞いた看護師さんが
いきなり「ここからは車イスで移動してもらいます」と言うので、
最初、すごく抵抗してしまった私(~_~;)
「そんな大袈裟にしなくても自分で歩けます〜」
と言って座るのを拒んでいたら、
一緒に居た息子に「ちゃんと言うこと聞いて」と叱られた。

車イスに乗ると、別棟にある救命救急センターに連れて行かれ、手術台みたいなベットに移動すると、たくさんの看護師さん達に囲まれて、色々と検査が始まり、心電図のコードなどが繋がれていく。
そこに循環器の心臓血管外科の先生が来て、
問診と診察をした後に、
造影剤を使って心臓のCTを撮ることになった。
そして・・・
検査の結果、衝撃の検査結果が告げられる💣
心臓の血管が、ボロボロになっていると。
それを聞いて 「私、死ぬんですか?」
「このまま何もしなければ死にますね。
でも、ちゃんと治療できますから。」
という会話を先生としたのだが、その時は、
自分が何を喋ってるのか分からないくらい動揺していた。
そこから、もっと詳しく検査をしてから、どういう治療をするのかを決めると言われ、数日後に心臓カテーテル検査を行うことになったのだが…
その検査の途中で、不整脈が起きて
私の心臓は止まったらしい😂😂😭
ひええ〜〜〜〜っ💦

繰り広げられていたのだろう。想像すると恐い💦
2回目の電気ショックで生還したらしいけど、
意識が戻った本人は、そんなことがあったことなど全く知らない状態で…
『あれ? 私、今、どこにいるんだっけ?』
『なんかすごく気持ち悪いんだけど…』と、
胸のムカムカを感じてて、
本来なら、数十分で終わるはずの検査だったのに、心臓が止まった私は、
緊急入院となり、病院から連絡を受けた息子が大慌てで駆けつけた。
病室に移動してから、自分の胸元を見ると、
電気ショックの跡が
薄い火傷のように残っていて、
ひどい人だと、火傷してヒリヒリしたり、数日は痛みに苦しみ人もいると聞いたが、幸い私は、痛みやヒリヒリ感などはなかった。
こうやって、一度死ぬという体験をした後、
「死ぬ時って、あんな風に何も分からなくなって、周りの人の声がだんだん小さくなって、意識が遠のいていくんだなぁ」と、臨死体験したみたいな気分になったことを憶えている。
”カテーテルの検査中に心停止する例は、何万件かに一回の割合みたいよ” と、友人が教えてくれた。 ビックリして調べたらしい。
またまた、私は特別な体験をしたようだ。
全く、なんて人生なんだヽ(;▽;)って、
思ってしまう・・・
この後、更に色々なことがあったのだが、なんとか8月と11月に、2回の手術を終えて、今がある。
そして、今度は、この大病を通して、苦しみの中から気付いたことや、学んだこと、見たくなかった自分の姿を見て驚いたこと、そして、医者との関わりで私が感じた大切なことなどなど、長い闘病日記が書けそうな、
よ・か・ん😂
※しばらくは、コメントなどに個別に返信するのはお休みします🙇♀️
前にコメントなどいただいてお返事できていない方などなど、本当にごめんなさい🙇♀️🙇♀️
去年は大変な年となりましたが、今、生きてることに感謝しながら
今年も過ごしていこうと思います。
たくさんご無沙汰してしまいましたが、
本年もどうぞよろしくお願い致します🙇♀️

