母の命日に寄せて💐鬼になった私が、今でも後悔して涙することを告白しよう🗣
母が亡くなってもう12年が経った。
そして、先日、7月23日は母の命日だった。
12年経った今でも、母が亡くなった日のことは鮮明に憶えている。
命日の日だけじゃなく、母のことは折に触れて良く思い出すが、命日の日は特に、亡き母への想いが強くなり色んなことを思い出してしまう。
そう、私が一番思い出したくないことを、
思い出してしまうのだ。
あれは、母が亡くなる数ヶ月前のことだった。
その時は…
その前からずっと鬱状態が続いていて
「調子が悪い、全然ご飯が食べられない。」
と繰り返す母の言葉を
" いつものこと "
として捉えていた私は、母の訴えを聞きながらも、少しうんざりする気持ちさえ持っていた。
離れて住んではいたが、母は毎日のように私に電話してきて、私が出ないと不安になり、
私の友達にまで電話してしまうようなことがよくあって、母に対して怒ったこともある。
その頃の私は今よりまだまだすごく未熟で、
母のそんな状態を受け止めきれず、
息苦しさを感じる時もあった。
今、思い返すと、
どうしてもっと優しくできなかったのだろうと、思って苦しくなるが…
こういうこと以外に、
最も思い出したくない逃げ出したくなるような過去が私にはある。
きっと、
癌の症状が出てきていたであろう母が、
「身体の調子が悪くて、何も食べられない。
お願い。一度こっちに帰ってきて。
お願いだから…。いつもと違うの。不安だから一度帰ってきて」と懇願してきた。
それなのに、旅行の予定があった私は、
その願いを叶えてあげることなく
母を無下にして旅行を決行した。
父は昭和の頑固おやじで
母に寄り添うようなタイプではないことを知りながら…。
兄夫婦は母を遠ざけていて顔も見せない。
そんな状況を知っていながら、
なんで私は、
母の元に駆けつけてあげなかったのだろう。
私って鬼だ。
母は、
私に断られてどんなに心細かっただろう。
タイムマシンがあるなら、
あの時に戻って、母の元へ駆けつけ抱きしめてあげたい。
でも、今更、後悔してもどうにもできないことが分かっているから
いたたまれなくなるのだ。
今、
この記事を書きながらも涙がこぼれてしまう。

涙がこぼれる。
母が亡くなってから、
この時のことを何度謝ったことか。
ごめんね、ごめんね。
本当にごめんね・・・と。
私は、あまり過去を振り返って後悔するタイプじゃないけど、この出来事だけは、
ずっと後悔してきた。
でもきっと、優しい母は、あちらの世界でちゃんと聞いていて
「大丈夫だよ。そんなに謝らなくてもいいから」と言ってくれてることだろう。
でも、もうそのことを母に確認する術はない。
もう、12年間もこのことを謝り続けてきて思うのは、
母の許しを得たことを確認できないのなら…
あの時、鬼になった自分を、自分自身が許すしかないということだ。
鬼は鬼なりに、未熟な自分でその時の精一杯で母のことを思っていたことは、決して嘘じゃない。
”母の鬱状態が続いて、少し疲れていた私が一瞬だけ鬼になったんだよね。”
と自分に声をかける。
12年経った今年の命日から、私は、本格的に自分を許すことをやっていこうと思う。

こういうことって、核心に触れることが怖くて、こんな風にしっかり向き合えるまで
12年もかかってしまった。
母が自殺でなければ、私もここまでこの気持ちを引きずることはなかったのかもしれないとも思う。母の死について思ったこと⬇︎
これまでも、何度も母のことで少しずつ少しずつ自分を許してきた経緯があって、
そのことを書いた記事が残っている。⬇︎
でも、まだ私の中には大きな大きな傷が残っていたことに気が付いた。
今年の命日を境に、
また少し軽くなる自分がいて、
いつも私を見守ってくれているであろう母を
喜ばせることができたかな。
これが、命日の日に私にできる何よりの親孝行になると嬉しい。
家族の死って、自分で思ってるよりものすごく傷が深いと感じる。
そして、この世の中には、私と同じように
後悔し苦しんでいる人も多いのではないだろうか。
そんな方々へ
私の体験談をシェアしてみました。
心の中に苦しみを抱えてる人が居たら、
自分を許して、一日でも早く、
傷が癒えて心が軽くなりますように✨
そして、
あの世にいってしまった大切な人に、胸を張れるように、これからも日々を懸命に生きていきましょね🌈
家族の死についての記事まとめはこちら⬇︎
