子どもの習い事問題で見つけた、私自身の奥にあった”手放す怖さ”
最近、子どもの習い事をめぐって、母である私が自分の心と向き合う経験をしました。表面的には「子どもの習い事をやめるか、やめないか」だったのですが、そこには私自身の「手放す怖さ」があることが見えてきました。
小学2年生の次女は、幼稚園の音楽会でダンスの楽しさに目覚め、「どうしてもダンスを習いたい」と言って年長さんの時に習い始めました。
最初は楽しそうに通っていたのですが、幼稚園クラスから小学生クラスに上がる時に、送迎の難しさなどから一緒に習っていたお友達たちがやめることに。そのあたりから、次第にダンスへの熱が冷めていく様子がありました。
そして、ある日からダンスの日になると「頭が痛い」「今日は疲れている」などと度々言うように。
「習い始めた当初と気持ちが変わってきたんだろうなあ…」「私も小学生の時の習い事、嫌な時あったもんなあ…」と思いつつも、正直、次女の行きたくない様子を感じたり言葉を聞いたりする度にイライラしている自分がいました。
「月謝を払っているのに」「時間がない中、送り迎えをしているのに」という怒りや、「何をやっても続かない子になるかもしれない…」という恐れもありました。でも、それはどれも表面的な感情でした。
今思えば、本当は、「何かを続けること」に私自身がこだわっていたのだと思います。
私は知らずうちに「始めたからにはなるべく続けた方がいい」「頑張って続けた方がいい」と思い込んでいたのだと思います。記憶にはないけれど、小さい頃に大人にそう言われたこともあったのかもしれないし、学校や習い事でもそういう空気を感じてきたのかもしれません。いつのまにか思い込んでいたこと。でもそれは、本当に自分の意志で大切にしたい価値観なのか?に目を向ける必要があると感じました。
大人になった今も、「やめること」や「断ること」がとても苦手です。やめることになれば相手に心と言葉を尽くす必要があると思っているから、自分の中で考えただけでもエネルギーを消耗してしまう、というのも苦手な理由の一つかもしれません。
また、周りの子が習い事をたくさんしている中で「うちも何かさせた方がいいのかな…」という気持ちがあったので、子どもが何かしら習い事をしていることで「習い事をさせている」ということが親としての安心材料になっている部分もあったように思います。
最初は「やりたいことをやらせてあげたい」そんな気持ちがスタートだったはずなのに、こんな風にいつのまにか色々な気持ちが複雑に絡み合っていた私の心の中。一つ一つ気持ちをノートに書き出してみると、子どもが習い事を行き渋っているのにどこかで「続けてほしい」と思ってしまう心の奥には、「私自身がやめること・手放すことを恐れている」ということが大きく作用しているように思いました。
それに気づいたら、自分自身への問いや声がけが変わってきました。
「手放したら、私はどんな恐ろしいことになると思っているんだろう?」
「サイズが合わなくなった服を手放すように、違和感を感じたら、もう手放していい。」
「気持ちは変化していくもの。そこに執着する必要はない。」
「私が大事にしたいのは、習い事を続けることよりも次女の本当の気持ちだ」
気づいて、平になった気持ちからはこれまでになかった自分への目線が生まれてきました。
そして、何度目にもなる「頭が痛いからダンスに行きたくない」と娘が言った日。私は「今だ」と思い、次女としっかり向き合ってみることにしました。
我が家では、大人も子どももよく感情カードを使います。さまざまな感情の言葉が書かれたカードの中で次女がすっと迷わず選んだカードには
「こんがらがっている」「ごちゃごちゃ」「よくわからない」
と3つの言葉が書かれていました。
「じゃあ、ごちゃごちゃな気持ちを一緒に出していこう」と言いながら次女に今、心の中にはどんな気持ちがあるのかを聞いて紙に書いていきました。そこには、一つだけではない、いくつもの気持ちがありました。
「最初は楽しかったけど、今はあんまり楽しくない」
「仲良しのお友達がやめちゃって、さみしい」
「ママやパパがダンスをしている姿がステキって言ってくれたから続けた方がいいのかなと思った」
などなど、7つもの多層的な気持ちを聞かせてくれました。話の途中で、表情から「言っていいのかな…?」という気持ちを感じたので、何度も「本当のこと言っていいんだよ」と言いながら一緒にごちゃごちゃを整理していきました。
大人でも、子どもでも、何かにもやもやしている時って、きっと一つの感情ではなくて、いくつもの「ああだな、こうだな」「ああかな?こうかな?」があるように思います。色々なことを繊細に気づいたり考えたりする人ほど、この抱える感情の数も多いかもしれません。
娘の気持ちを聞きながら「もっと早くこの時間をとってあげたら良かった…本当にごめんね…」という気持ちで胸が苦しくもなりましたが、次女が最後に「あのね…」とこんな気持ちも教えてくれました。
「新しい習い事で、お料理を習ってみたいの」
食べるのも作るのも大好きな次女。その気持ちを聞いた時、私は娘の本当に気持ちに触れられた喜びで涙が出そうになりました。習い事をやめる、やめないを決めることよりももっと大事なことがここにあったんだ、という感情で胸がいっぱいになり、フラットになった心には、新しい希望の芽が出ることを次女に教えてもらいました。
すっきりした次女は、この日、ご飯を4杯もおかわりしたのでした。

私は、何かを「やめること・手放すこと」がきっとずっと怖かったのだと思います。でも、勇気をもって向き合ってみると、思っていたような怖いことが起こるわけでもなく、むしろ心がとても軽くなる感覚を覚えました。
手放すまでに考えている時間は苦しかったり、手放す瞬間は勇気がいったりするけれど、その先に軽やかになった心や、新しい「やってみたい」が芽吹くことがあるのかもしれません。
そして、大切な人の本音に寄り添うためには、やっぱりまず、自分自身の本音に耳を傾けてあげることが日々必要なように感じました。
あなたの中には「手放したいけど、手放せないもの」は何かありますか?
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