第Ⅰ章 道徳的効用の公理的基礎
1.1 他者の効用を変数に含む拡張効用関数
1.1.1 古典的効用概念の限界
経済学における古典的効用理論は、主体 $${i}$$ の効用関数を自己の消費束 $${x_i}$$ のみの関数として定式化してきた。
$${U_i = U_i(x_i)}$$
この定式化は市場取引の分析には十分であったが、道徳的行為の記述には根本的な不備がある。なぜなら、道徳的選択の本質的特徴は、まさに他者の状態が自己の選好に影響を与える点にあるからである。
母親が自らの食事を減らして子に与えるとき、友人が危険を冒して仲間を救うとき、あるいは見知らぬ他人に席を譲るとき、これらの行為を「自己の消費の最大化」として記述することは、現象の歪曲である。
1.1.2 拡張効用関数の導入
我々は効用関数の定義域を拡張し、主体 $${i}$$ の効用が他のすべての主体の効用水準にも依存しうることを認める。
$${U_i = U_i(x_i, U_1, U_2, \ldots, U_{i-1}, U_{i+1}, \ldots, U_n)}$$
あるいは、より簡潔に、主体 $${i}$$ 以外の効用ベクトルを $${U_{-i}}$$ と書いて、
$${U_i = U_i(x_i, U_{-i})}$$
この定式化は直ちに循環の問題を提起する。$${U_i}$$ は $${U_j}$$ に依存し、$${U_j}$$ は $${U_i}$$ に依存するならば、いかにしてこの連立方程式は解を持つか。この問題は1.1.4で扱う。
1.1.3 道徳的選好の類型
拡張効用関数の偏微分係数は、主体の道徳的傾向を特徴づける。主体 $${i}$$ の効用関数において、
$${\frac{\partial U_i}{\partial U_j} > 0}$$
が成り立つとき、$${i}$$ は $${j}$$ に対して**博愛的(benevolent)**であるという。逆に、
$${\frac{\partial U_i}{\partial U_j} < 0}$$
であるとき、$${i}$$ は $${j}$$ に対して**悪意的(malevolent)**であるという。また、
$${\frac{\partial U_i}{\partial U_j} = 0}$$
であるとき、$${i}$$ は $${j}$$ に対して**無関心(indifferent)**であり、これが古典的効用理論の暗黙の仮定であった。
さらに重要な区別がある。偏微分係数が $${U_j}$$ の水準に依存する場合を考えよう。
$${\frac{\partial^2 U_i}{\partial U_j^2} < 0}$$
であるとき、$${i}$$ の博愛は**平等主義的(egalitarian)**性格を持つ。すなわち、$${j}$$ が貧しいときほど $${j}$$ の効用増加を強く欲する。これは多くの道徳的直観と整合する。飢えた者にパンを与えることは、飽食の者にパンを与えることより道徳的に重要だと我々は感じる。
1.1.4 均衡効用水準の存在
循環的に定義された効用水準が確定するためには、連立方程式系
$${U_i = U_i(x_i, U_{-i}) \quad \text{for all } i \in {1, \ldots, n}}$$
が解を持たねばならない。
以下の条件の下で、解の存在が保証される。
定理 1.1(均衡効用の存在):各 $${U_i}$$ が $${U_{-i}}$$ に関して連続であり、かつ十分小さな感応度
$${\left| \frac{\partial U_i}{\partial U_j} \right| < \frac{1}{n-1} \quad \text{for all } i \neq j}$$
を満たすならば、均衡効用ベクトル $${U^* = (U_1^, \ldots, U_n^)}$$ が存在する。
証明は補論Aに譲る。直観的には、他者への感応度が大きすぎなければ、相互依存のフィードバックは発散せず収束する。
1.1.5 解釈上の注意
ここで強調すべきは、我々は道徳的行為を「本当は利己的である」と主張しているのではないという点である。他者の効用を自己の効用関数に含めることは、行為の動機を利己主義に還元することではない。
むしろ逆である。我々は、他者への配慮が合理的選択の枠組みの中で表現可能であることを示しているのであり、それが利己心に還元されねばならないと主張しているのではない。「私は彼の幸福を欲する」と「私は彼の幸福によって私が幸福になることを欲する」は、論理的に異なる命題である。拡張効用関数は前者を形式化するものであり、後者への還元を含意しない。
1.2 選好の完備性・推移性と「道徳的無差別」の問題
1.2.1 合理的選好の古典的公理
フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンは、効用関数の存在を保証するために選好関係に一定の公理を課した。選択肢の集合 $${X}$$ 上の選好関係 $${\succeq}$$ について、以下が要請される。
公理 C(完備性):任意の $${x, y \in X}$$ に対して、$${x \succeq y}$$ または $${y \succeq x}$$ (あるいは両方)が成り立つ。
公理 T(推移性):任意の $${x, y, z \in X}$$ に対して、$${x \succeq y}$$ かつ $${y \succeq z}$$ ならば $${x \succeq z}$$ が成り立つ。
これらの公理は、選好が「理性的」であるための最小条件と見なされてきた。完備性なくしては決定不能な選択が生じ、推移性なくしては循環的選好によるマネーポンプが可能となる。
しかし、道徳的選択の領域において、これらの公理は自明ではない。
1.2.2 道徳的選択における完備性の破綻
道徳的選択肢の間には、しばしば**比較不能(incomparable)**なものが存在する。これは単なる無差別(indifference)とは区別されねばならない。
無差別 $${x \sim y}$$ は「$${x}$$ と $${y}$$ は等しく良い」を意味する。これに対し、比較不能は「$${x}$$ と $${y}$$ の間に優劣を定めることが意味をなさない」を意味する。
古典的な例を挙げよう。
例 1.2.1(ソフィーの選択):母親が二人の子供のうち一方だけを救える状況を考える。子供Aを救う選択を $${a}$$、子供Bを救う選択を $${b}$$ とする。
$${a \succ b}$$ と言えるか。あるいは $${b \succ a}$$ か。多くの道徳的直観は、いずれの主張も拒否する。しかしこれは $${a \sim b}$$(両者が等しく良い)を意味しない。なぜなら、もし $${a \sim b}$$ であるなら、わずかな追加的考慮(たとえば $${a}$$ を選ぶとわずかに金銭的損失がある)によって $${b \succ a}$$ となるはずだが、実際にはそうならない。母親は「些細な金銭など考慮の外だ」と言うだろう。
これは比較不能の特徴である。$${x \sim y}$$ のとき、$${x}$$ をわずかに改善した $${x^+}$$ について $${x^+ \succ y}$$ となる。しかし $${x}$$ と $${y}$$ が比較不能のとき、このような含意は成り立たない。
1.2.3 比較不能の形式化
我々は選好関係を拡張し、比較不能を明示的に扱う。選択肢 $${x}$$ と $${y}$$ について、以下の四つの関係のいずれかが成り立つものとする。
$${x \succ y}$$($${x}$$ が $${y}$$ より厳密に良い)
$${y \succ x}$$($${y}$$ が $${x}$$ より厳密に良い)
$${x \sim y}$$($${x}$$ と $${y}$$ は無差別)
$${x \bowtie y}$$($${x}$$ と $${y}$$ は比較不能)
完備性公理は、(4)の可能性を排除するものであった。我々はこれを緩和する。
公理 C'(弱完備性):選択肢の集合 $${X}$$ は、同一の価値次元に属する部分集合 $${X_1, X_2, \ldots, X_m}$$ に分割され、各 $${X_k}$$ 内では完備性が成り立つ。異なる $${X_k}$$ と $${X_l}$$ に属する選択肢は比較不能でありうる。
この公理は、道徳的価値の**複数性(plurality)**を認める。生命の価値、自由の価値、正義の価値は、共通の尺度に還元されない異なる次元をなしうる。
1.2.4 推移性の部分的維持
比較不能を認めた上で、推移性はいかに修正されるべきか。
完全な推移性は維持できない。なぜなら $${x \succ y}$$ かつ $${y \bowtie z}$$ のとき、$${x}$$ と $${z}$$ の関係は定まらないからである。しかし、以下の弱い条件は維持される。
公理 T'(制限的推移性):$${x \succ y}$$ かつ $${y \succ z}$$ ならば $${x \succ z}$$。また $${x \sim y}$$ かつ $${y \sim z}$$ ならば $${x \sim z}$$。
すなわち、厳密選好と無差別は、それぞれの関係内では推移的であるが、比較不能を跨ぐ推移性は要請されない。
1.2.5 効用表現の限界
公理 C' と T' の下では、選好を単一の実数値効用関数で表現することは一般に不可能となる。代わりに、ベクトル値効用関数が必要となる。
$${\mathbf{U}(x) = (U^{(1)}(x), U^{(2)}(x), \ldots, U^{(m)}(x))}$$
ここで各 $${U^{(k)}}$$ は価値次元 $${k}$$ に対応する。選好関係は以下のように定義される。
$${x \succ y \iff \mathbf{U}(x) > \mathbf{U}(y)}$$(すべての成分で $${\geq}$$、少なくとも一つで $${>}$$)
$${x \bowtie y \iff \mathbf{U}(x) \text{ と } \mathbf{U}(y) \text{ がパレート比較不能}}$$
これは多目的最適化におけるパレート順序に他ならない。道徳的選択は、複数の還元不能な目的の間でパレート・フロンティア上を選ぶことである。
1.2.6 道徳的無差別の病理
最後に、道徳的文脈における無差別の特殊な問題を指摘する。
経済的選択において $${x \sim y}$$ は日常的である。コーヒーと紅茶が無差別なら、コインを投げて決めればよい。しかし道徳的選択における無差別は、しばしば**不適切(inappropriate)**と感じられる。
例 1.2.2:二人の溺れる人のうち一人だけを救える状況で、両者が道徳的に完全に等しい立場にあるとしよう。「どちらでも同じだからコインで決める」は合理的だろうか。
一部の道徳哲学者は、この場合でもコイン投げは許容されると論じる(各人に等しい確率を与えることが公正だから)。しかし他の哲学者は、この種の決定を機会に委ねることへの深い抵抗を表明する。
我々の形式化はこの論争に決着をつけない。しかし重要な点を明らかにする。道徳的無差別は選択の負担を軽減しない。経済的無差別はランダム化を許容するが、道徳的無差別は選択の重さをそのまま残す。これは効用関数だけでは捉えられない、道徳的選択の現象学的特徴である。
1.3 リスク下の道徳的選択:期待効用としての功利主義
1.3.1 確実性から不確実性へ
1.1および1.2では、選択の帰結が確実に既知である状況を扱った。しかし現実の道徳的選択は、ほとんど常に不確実性を伴う。
医師が治療法を選択するとき、その帰結は確率的にしか予測できない。政策立案者が法律を制定するとき、その効果は様々な偶然的要因に依存する。個人が約束を守るか破るかを決めるとき、その決定が関係者に与える影響は完全には予見できない。
この不確実性下の選択において、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの期待効用理論は決定的な役割を果たす。そして驚くべきことに、この理論を道徳的選択に適用するとき、ある種の功利主義が帰結として導かれる。
1.3.2 期待効用理論の復習
選好が以下の公理を満たすとき、期待効用表現が存在する。
公理 1(完備性・推移性):1.2で述べた通り。
公理 2(連続性):$${x \succ y \succ z}$$ ならば、ある確率 $${p \in (0,1)}$$ が存在して、$${y \sim px + (1-p)z}$$(確率 $${p}$$ で $${x}$$、確率 $${1-p}$$ で $${z}$$ を得るくじ)。
公理 3(独立性):$${x \succ y}$$ ならば、任意の $${z}$$ と任意の $${p \in (0,1)}$$ に対して、$${px + (1-p)z \succ py + (1-p)z}$$。
これらの公理の下で、効用関数 $${u}$$ が存在し、くじ $${L}$$ の選好は期待効用 $${\mathbb{E}[u(L)]}$$ によって表現される。
1.3.3 ハルサニの公平な観察者定理
ジョン・ハルサニは1955年の論文で、期待効用理論を社会的選択に適用し、功利主義の公理的基礎を与えた。その議論を再構成しよう。
社会に $${n}$$ 人の個人がおり、各個人 $${i}$$ は効用関数 $${u_i}$$ を持つ。社会状態 $${s}$$ における個人 $${i}$$ の効用を $${u_i(s)}$$ と書く。
ここで**公平な観察者(impartial spectator)**を想定する。この観察者は、自分がどの個人の立場になるかを知らない。各個人の立場になる確率は等しく $${1/n}$$ である。
公平な観察者が社会状態 $${s}$$ を評価するとき、彼は「確率 $${1/n}$$ で個人1の立場、確率 $${1/n}$$ で個人2の立場、…」というくじに直面している。期待効用理論に従えば、彼はこのくじの期待効用を最大化する。すなわち、
$${W(s) = \frac{1}{n} \sum_{i=1}^{n} u_i(s)}$$
を最大化する社会状態を選好する。
これは功利主義に他ならない。社会厚生は個人効用の(加重なし)総和である。
定理 1.2(ハルサニ):公平な観察者が期待効用最大化者であり、各個人の立場になる確率が等しいとき、公平な観察者の選好は功利主義的社会厚生関数によって表現される。
1.3.4 同一性と確率の解釈
ハルサニの議論は優雅だが、根本的な問題を含む。「自分がどの個人になるか分からない」とはいかなる事態か。
一つの解釈は、これを出生前の無知として理解する。魂が身体に宿る前、どの身体に宿るか分からない段階での選択である。しかしこの解釈は形而上学的に疑わしい。
より洗練された解釈は、認識論的無知である。私は事実としてある特定の個人であるが、どの個人であるかについて情報を持たない状況を想定する。これはロールズの「無知のヴェール」に近い。
しかしいずれの解釈も、確率 $${1/n}$$ の根拠を問われると苦しい。なぜ等確率なのか。これは**理由不十分の原理(principle of insufficient reason)**に訴えるしかないが、この原理自体が論争的である。
1.3.5 個人間効用比較の問題
ハルサニの定理には、より深刻な前提が隠れている。異なる個人の効用を加算するためには、それらが比較可能でなければならない。
個人 $${i}$$ が状態 $${s}$$ で感じる効用 $${u_i(s)}$$ と、個人 $${j}$$ が状態 $${s'}$$ で感じる効用 $${u_j(s')}$$ を比較することは、いかにして可能か。私はあなたの快苦を直接経験できない。効用は行動から推論されるが、行動が同じでも主観的経験は異なりうる。
この問題は**個人間効用比較(interpersonal comparison of utility)**と呼ばれ、厚生経済学の根本問題である。
形式的には、各個人の効用関数は正アフィン変換
$${u_i \mapsto \alpha_i u_i + \beta_i \quad (\alpha_i > 0)}$$
に対して不変である。すなわち、効用の原点とスケールは任意である。個人ごとに異なる $${\alpha_i}$$ を許せば、効用の加算は意味をなさない。
ハルサニの議論は、すべての個人が同一のスケールを持つ、すなわち $${\alpha_i = \alpha}$$ for all $${i}$$、を暗黙に仮定している。これは実質的な仮定であり、公理から導かれるものではない。
1.3.6 リスク態度と道徳原理の関係
期待効用理論がもたらす興味深い帰結がある。公平な観察者のリスク態度が、導かれる道徳原理を決定する。
効用関数 $${u}$$ がリスク中立的(線形)ならば、期待効用の最大化は期待値の最大化に一致し、功利主義が導かれる。
しかし、効用関数がリスク回避的(凹関数)であるとき、状況は異なる。極端なリスク回避、すなわち
$${u(x) = \min}$$
という関数を考えると、公平な観察者は最悪の立場にある個人の効用を最大化する。これはロールズのマキシミン原理である。
命題 1.3:公平な観察者のリスク回避度を $${r \to \infty}$$ とする極限において、社会厚生関数は功利主義からマキシミン原理に移行する。
証明:効用関数として $${u(x) = -x^{-r}}$$($${r > 0}$$)を考える。このとき、
$${W_r(s) = -\left( \frac{1}{n} \sum_{i=1}^{n} u_i(s)^{-r} \right)}$$
であり、$${r \to \infty}$$ のとき、
$${W_\infty(s) = \min_i u_i(s)}$$
に収束する。 □
この結果は示唆的である。功利主義とマキシミン原理は対立する道徳理論として論じられてきたが、ゲーム理論的観点からは、リスク態度のパラメータによって連続的に接続される同一の枠組みの異なる点に位置する。
1.3.7 功利主義の射程と限界
以上の分析から、功利主義は以下の条件下で期待効用理論から導かれる。
公平な観察者の存在と等確率仮定
期待効用公理の成立(特に独立性公理)
個人間効用比較の可能性
リスク中立性
これらの条件のいずれかを緩めれば、非功利主義的な道徳原理が正当化されうる。1.2で論じた価値の比較不能性は条件3を掘り崩し、リスク回避は条件4を否定してマキシミン原理を導く。
しかし重要な点は、功利主義がもはや直観に訴える以外に根拠のない原理ではなくなったことである。それは一定の公理系からの帰結であり、その公理を受け入れるか否かの問題に還元される。道徳哲学の論争は、こうして公理の選択についての論争として明晰化される。
1.4 公理系の限界:義務論的制約は効用関数で表現可能か
1.4.1 義務論の核心
功利主義は帰結のみを道徳的評価の対象とする。行為の正しさは、それがもたらす効用の総和によって決まる。
これに対し、**義務論(deontology)**は、帰結とは独立に、行為それ自体に道徳的性質が内在すると主張する。カントの定言命法はその典型である。「汝の意志の格率が普遍的法則となることを欲しうるように行為せよ。」
義務論的制約の具体例を挙げよう。
例 1.4.1(嘘をつくな):たとえ嘘によって全体の効用が増大するとしても、嘘をつくことは許されない。
例 1.4.2(無辜を殺すな):一人の無辜の人を殺すことで五人の命が救われるとしても、その殺人は許されない。
例 1.4.3(手段として扱うな):人を単なる手段として利用することは、たとえ善い目的のためであっても許されない。
これらの制約は、効用計算に対する**絶対的禁止(side constraints)**として機能する。問題は、このような制約を効用関数の枠組みで表現できるかである。
1.4.2 禁止の効用論的翻訳:第一の試み
素朴な試みは、禁止された行為に負の無限大の効用を割り当てることである。
行為 $${a}$$ が義務論的に禁止されているとき、
$${U(a) = -\infty}$$
と定める。これにより、いかなる帰結がもたらされようとも、禁止された行為は選択されない。
しかしこの定式化は直ちに問題に直面する。
問題1:禁止の衝突
二つの禁止が衝突する状況を考えよ。
例 1.4.4:殺人者があなたに「友人の居場所を教えよ、さもなくば別の人質を殺す」と要求する。嘘をつくか(禁止1)、殺人に加担するか(禁止2)。
両方の選択肢が $${-\infty}$$ の効用を持つなら、選好は定義されない。無限大同士の比較は数学的に意味をなさない。
問題2:確率的状況
禁止された行為が確率的にのみ生じる場合を考えよ。
例 1.4.5:ある行為は確率 $${p}$$ で無辜の死をもたらし、確率 $${1-p}$$ で多くの命を救う。
期待効用は $${p \cdot (-\infty) + (1-p) \cdot U_{good} = -\infty}$$ となり、$${p}$$ がいかに小さくても行為は禁止される。しかしこれは直観に反する。$${p = 10^{-100}}$$ でも禁止されるべきか。
1.4.3 語彙的選好:第二の試み
より洗練されたアプローチは、**語彙的選好(lexicographic preferences)**を導入することである。
選好を二つの層に分ける。第一層は義務論的評価、第二層は帰結主義的評価である。
定義 1.4:行為 $${a}$$ と $${b}$$ について、
$${a \succ_{lex} b \iff \begin{cases} D(a) > D(b), & \text{または} \ D(a) = D(b) \text{ かつ } U(a) > U(b) \end{cases}}$$
ここで $${D(\cdot)}$$ は義務論的評価関数(義務を守る度合い)、$${U(\cdot)}$$ は帰結主義的効用関数である。
この定式化では、義務論的考慮が常に優先される。効用がいかに大きくても、義務に反する行為は義務を守る行為に劣る。しかし義務論的に同等な行為の間では、効用による比較が適用される。
語彙的選好は効用関数では表現できない。なぜなら、実数の順序はアルキメデス的(任意の正数を十分多く加えれば任意の正数を超える)だが、語彙的順序は非アルキメデス的だからである。
命題 1.4:語彙的選好 $${\succ_{lex}}$$ を表現する実数値効用関数は存在しない。
証明:背理法による。そのような関数 $${V}$$ が存在すると仮定する。$${D(a) > D(b)}$$ なる $${a, b}$$ を取れば、$${V(a) > V(b)}$$。ここで $${U(b) - U(a)}$$ を任意に大きくしても $${V(a) > V(b)}$$ が維持されるから、$${V}$$ の $${U}$$ への依存度はゼロでなければならない。しかしそうすると、$${D(a) = D(b)}$$ のとき $${U(a) > U(b)}$$ が $${V(a) > V(b)}$$ を含意しなくなり、矛盾。 □
1.4.4 閾値義務論:第三の試み
現実の道徳的判断は、純粋な義務論よりも複雑である。多くの人は、十分に大きな帰結の前では義務論的禁止が解除されうると考える。
例 1.4.6:一人を殺して五人を救うことは許されないかもしれない。しかし一人を殺して百万人を救うことは? 十億人を救うことは?
この直観を捉えるのが**閾値義務論(threshold deontology)**である。
定義 1.5:行為 $${a}$$ の義務論的違反度を $${V(a) \geq 0}$$ とする。帰結主義的効用を $${U(a)}$$ とする。行為 $${a}$$ は、
$${U(a) > \theta \cdot V(a)}$$
を満たすとき、かつそのときに限り許容される。ここで $${\theta > 0}$$ は閾値パラメータである。
閾値 $${\theta}$$ が大きいほど義務論的制約は強く、$${\theta \to \infty}$$ で純粋義務論に近づく。$${\theta \to 0}$$ で純粋帰結主義に近づく。
この定式化は効用関数で表現可能である。すなわち、
$${W(a) = U(a) - \theta \cdot V(a)}$$
を最大化することと同値である。義務論的違反は負の効用として計上されるが、無限大ではなく有限の重みを持つ。
1.4.5 しかし本質は捉えられているか
閾値義務論は数学的には扱いやすいが、義務論の核心を捉えているか疑わしい。
義務論者の主張は、ある種の行為はいかなる帰結によっても正当化されないというものであった。嘘は「大きな悪」なのではなく、「してはならないこと」なのである。この「してはならない」という様相は、効用の大小とは異なる次元に属する。
ここに効用関数アプローチの根本的限界がある。効用関数は選好を程度として表現する。より好ましい、より好ましくない、という比較級の言語である。しかし義務論は様相の言語で語る。許される、許されない、義務である、という非連続的カテゴリーである。
定理 1.3(表現不可能性):以下の三条件を同時に満たす選好関係は、実数値効用関数で表現できない。
(i) ある行為 $${a}$$ は絶対的に禁止される(いかなる帰結が付随しても選択されない) (ii) 禁止されない行為の間では、帰結に基づく連続的な選好が存在する (iii) 禁止された行為にも、相互の比較が可能である(ある禁止はより重大である)
証明:補論Bに譲る。直観的には、(i)は禁止と非禁止の間の無限大のギャップを要求し、(iii)は禁止同士の有限の比較を要求するが、両者は実数直線上で共存しえない。 □
1.4.6 ゲーム理論への示唆
以上の分析は、第Ⅱ章以降のゲーム理論的分析にとって何を意味するか。
ゲーム理論は利得関数(効用関数)を前提とする。義務論的制約がこの枠組みに還元できないとすれば、義務論的道徳主体の戦略的行動は、標準的なゲーム理論では分析できないことになる。
しかし、我々は二つの道を持つ。
第一の道:閾値義務論的近似を用いる。多くの実践的状況では、義務論的制約は非常に強い負の効用として近似的に扱える。純粋な絶対的禁止は理念型であり、現実の道徳判断は多かれ少なかれ帰結を考慮する。
第二の道:ゲームの構造自体を拡張する。利得関数に加えて、許容される戦略集合の制約として義務論を組み込む。プレイヤーは効用を最大化するが、禁止された戦略はそもそも選択肢に含まれない。
$${\max_{s_i \in S_i^{admissible}} U_i(s_i, s_{-i})}$$
この拡張は、制約つき最適化としての道徳的行為という像を与える。義務論的制約は最適化の制約条件であり、功利主義的考慮は目的関数である。
第Ⅱ章では、この両方のアプローチを状況に応じて使い分けることになる。
第Ⅰ章 補論
補論A:均衡効用の存在と一意性(定理1.1の証明)
A.1 問題の定式化
$${n}$$ 人の主体からなる社会を考える。各主体 $${i \in N = {1, \ldots, n}}$$ は消費束 $${x_i \in X_i}$$ を所与として持ち、効用関数
$${U_i: X_i \times \mathbb{R}^{n-1} \to \mathbb{R}}$$
を持つ。ここで第二引数は他の主体の効用水準 $${U_{-i} = (U_1, \ldots, U_{i-1}, U_{i+1}, \ldots, U_n)}$$ である。
均衡効用ベクトル $${U^* = (U_1^, \ldots, U_n^)}$$ とは、連立方程式系
$${U_i^* = U_i(x_i, U_{-i}^*) \quad \text{for all } i \in N \tag{A.1}}$$
の解である。
A.2 写像の構成
効用空間 $${\mathbb{R}^n}$$ 上の写像 $${\Phi: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^n}$$ を以下のように定義する。
$${\Phi(U) = (\Phi_1(U), \ldots, \Phi_n(U))}$$
ここで
$${\Phi_i(U) = U_i(x_i, U_{-i})}$$
である。均衡効用ベクトルは $${\Phi}$$ の不動点、すなわち $${\Phi(U^) = U^}$$ を満たす点である。
A.3 仮定
以下の仮定を置く。
仮定 A1(有界性):各 $${U_i}$$ について、$${x_i}$$ を固定したとき、$${U_{-i}}$$ の値にかかわらず
$${\underline{u}i \leq U_i(x_i, U{-i}) \leq \overline{u}_i}$$
なる定数 $${\underline{u}_i, \overline{u}_i}$$ が存在する。
仮定 A2(連続性):各 $${U_i}$$ は $${U_{-i}}$$ に関して連続である。
仮定 A3(縮小条件):任意の $${i \neq j}$$ に対して、
$${\left| \frac{\partial U_i}{\partial U_j} \right| \leq \gamma < \frac{1}{n-1}}$$
が成り立つ。
A.4 縮小写像の定理の適用
補題 A.1:仮定A1-A3の下で、$${\Phi}$$ は $${\ell^\infty}$$ ノルムに関する縮小写像である。
証明:任意の $${U, V \in \mathbb{R}^n}$$ に対して、
$${|\Phi_i(U) - \Phi_i(V)| = |U_i(x_i, U_{-i}) - U_i(x_i, V_{-i})|}$$
平均値の定理により、
$${|U_i(x_i, U_{-i}) - U_i(x_i, V_{-i})| \leq \sum_{j \neq i} \left| \frac{\partial U_i}{\partial U_j} \right| |U_j - V_j|}$$
仮定A3より、
$${\leq \sum_{j \neq i} \gamma |U_j - V_j| \leq (n-1) \gamma |U - V|_\infty}$$
したがって、
$${|\Phi(U) - \Phi(V)|\infty = \max_i |\Phi_i(U) - \Phi_i(V)| \leq (n-1)\gamma |U - V|\infty}$$
仮定A3より $${(n-1)\gamma < 1}$$ であるから、$${\Phi}$$ は縮小写像である。 □
定理 1.1の証明:
仮定A1より、コンパクト集合 $${K = \prod_{i=1}^{n} [\underline{u}_i, \overline{u}_i]}$$ は $${\Phi}$$ について不変である。すなわち $${\Phi(K) \subseteq K}$$。
補題A.1より $${\Phi}$$ は $${K}$$ 上の縮小写像である。バナッハの不動点定理により、$${\Phi}$$ は $${K}$$ 内に唯一の不動点 $${U^*}$$ を持つ。これが均衡効用ベクトルである。 □
A.5 一意性の経済学的意味
縮小条件 $${(n-1)\gamma < 1}$$ の意味を考察する。
$${\gamma}$$ は「他者の効用への感応度」の上界である。$${n = 2}$$ の場合、$${\gamma < 1}$$ が要求される。これは「相手の効用が1単位増えても、自分の効用は1単位未満しか増えない」ことを意味する。
もし $${\gamma \geq 1/(n-1)}$$ であれば、正のフィードバックが発散しうる。AがBを喜び、BがAを喜び、その相互作用が無限に増幅する。あるいは、AがBを妬み、BがAを妬み、相互の不幸が際限なく深まる。
縮小条件は、道徳的相互依存が安定的であるための条件である。
A.6 多重均衡の可能性
縮小条件が満たされない場合、複数の均衡が存在しうる。
例 A.1:$${n = 2}$$ とし、
$${U_1 = x_1 + \alpha U_2, \quad U_2 = x_2 + \alpha U_1}$$
ここで $${\alpha > 0}$$ は相互博愛の度合いである。連立方程式を解くと、
$${U_1^* = \frac{x_1 + \alpha x_2}{1 - \alpha^2}, \quad U_2^* = \frac{x_2 + \alpha x_1}{1 - \alpha^2}}$$
$${\alpha < 1}$$ のとき、一意の有限解が存在する。$${\alpha = 1}$$ のとき、解は存在しないか無数に存在する。$${\alpha > 1}$$ のとき、解は負の値を取り、解釈が困難になる。
これは過剰な博愛が均衡を不安定化させることを示す。
補論B:義務論的選好の表現不可能性(定理1.3の証明)
B.1 問題の定式化
行為の集合 $${A}$$ を考える。$${A}$$ は二つの部分集合に分割される。
$${A_P \subset A}$$:禁止された行為の集合
$${A_N = A \setminus A_P}$$:禁止されていない行為の集合
選好関係 $${\succeq}$$ は以下の性質を持つと仮定する。
(P1) 絶対的禁止:任意の $${a \in A_P}$$ と $${b \in A_N}$$ に対して、$${b \succ a}$$。
(P2) 非禁止行為の連続性:$${A_N}$$ 上には連続な効用関数 $${u: A_N \to \mathbb{R}}$$ が存在し、$${A_N}$$ 内の選好は $${u}$$ によって表現される。すなわち、$${a, b \in A_N}$$ について $${a \succeq b \iff u(a) \geq u(b)}$$。さらに、$${u(A_N)}$$ は $${\mathbb{R}}$$ 内の区間であり、任意の値を取りうる。
(P3) 禁止行為間の比較可能性:$${A_P}$$ 上にも連続な効用関数 $${v: A_P \to \mathbb{R}}$$ が存在し、$${A_P}$$ 内の選好は $${v}$$ によって表現される。
定理 1.3:(P1)-(P3)を満たす選好関係 $${\succeq}$$ を表現する実数値効用関数 $${V: A \to \mathbb{R}}$$ は存在しない。
B.2 証明
背理法による。$${V: A \to \mathbb{R}}$$ が存在して、任意の $${a, b \in A}$$ について
$${a \succeq b \iff V(a) \geq V(b)}$$
を満たすと仮定する。
ステップ1:(P1)より、任意の $${a \in A_P}$$、$${b \in A_N}$$ に対して $${V(b) > V(a)}$$。したがって、
$${\sup_{a \in A_P} V(a) \leq \inf_{b \in A_N} V(b) \tag{B.1}}$$
ステップ2:(P2)より、$${A_N}$$ 内の選好は $${u}$$ によって表現され、$${u(A_N)}$$ は区間である。$${V|{A_N}}$$($${V}$$ の $${A_N}$$ への制限)も $${A_N}$$ 上の選好を表現するから、$${V|{A_N}}$$ は $${u}$$ の狭義単調増加変換である。
$${V(b) = f(u(b)) \quad \text{for some strictly increasing } f}$$
$${u(A_N)}$$ が区間であり、$${f}$$ が狭義単調増加であるから、$${V(A_N) = f(u(A_N))}$$ も区間である。
$${u(A_N)}$$ が非有界(任意に大きな値を取る)と仮定すれば、$${V(A_N)}$$ も上に非有界であり、$${\inf_{b \in A_N} V(b)}$$ は有限確定値を取る。これを $${V_N^- = \inf_{b \in A_N} V(b)}$$ と書く。
ステップ3:(P3)より、$${A_P}$$ 内の選好は $${v}$$ によって表現される。同様に、
$${V(a) = g(v(a)) \quad \text{for some strictly increasing } g}$$
$${v(A_P)}$$ が区間であれば、$${V(A_P)}$$ も区間である。
ステップ4:(B.1)より、
$${\sup_{a \in A_P} V(a) \leq V_N^-}$$
$${V(A_P)}$$ が区間であり上に有界であるから、$${\sup_{a \in A_P} V(a) = V_P^+}$$ は有限確定値である。
いま、$${V_P^+ < V_N^-}$$ と $${V_P^+ = V_N^-}$$ の二つの場合を考える。
場合1:$${V_P^+ < V_N^-}$$
区間 $${(V_P^+, V_N^-)}$$ は空でない開区間である。この区間内の値を取る行為は $${A_P}$$ にも $${A_N}$$ にも存在しない。これ自体は矛盾ではないが、次の考察で矛盾が生じる。
(P3)より $${A_P}$$ 内で禁止の「程度」が比較可能であり、$${v(A_P)}$$ は区間をなす。いま、禁止行為 $${a_1 \in A_P}$$ で $${V(a_1) = V_P^+ - \epsilon}$$ なるものを取る($${\epsilon > 0}$$ は任意に小さい)。また非禁止行為 $${b_1 \in A_N}$$ で $${V(b_1) = V_N^- + \epsilon}$$ なるものを取る。
(P1)より $${b_1 \succ a_1}$$。しかし、もし $${A}$$ 上に連続なパラメトリゼーションが存在し、$${a_1}$$ から $${b_1}$$ へ連続的に移行できるならば、$${V}$$ の連続性により中間の値を取る行為が存在するはずである。しかしそのような行為は $${A_P}$$ にも $${A_N}$$ にも属さない。
この議論を厳密にするため、追加の仮定を導入する。
(P4) 連結性:$${A}$$ は位相空間として連結であり、$${V}$$ は連続である。
(P4)の下では、$${V(A)}$$ は連結集合(区間)でなければならない。しかし $${V(A) = V(A_P) \cup V(A_N)}$$ であり、$${V(A_P) \subseteq (-\infty, V_P^+]}$$、$${V(A_N) \subseteq [V_N^-, \infty)}$$ であるから、$${V_P^+ < V_N^-}$$ ならば $${V(A)}$$ は非連結となり、矛盾。
場合2:$${V_P^+ = V_N^-}$$
この場合、$${\sup V(A_P) = \inf V(A_N)}$$ である。この共通の値を $${V^*}$$ と書く。
$${V^* = \sup V(A_P)}$$ であるが、この上限は達成されるか。すなわち、ある $${a^* \in A_P}$$ が存在して $${V(a^) = V^}$$ となるか。
もし達成されるならば、任意の $${b \in A_N}$$ に対して $${V(b) \geq V^* = V(a^)}$$ であり、特に $${V(b) = V^}$$ なる $${b}$$ が存在すれば $${V(a^) = V(b)}$$ となり、$${a^ \sim b}$$ を意味する。しかし (P1) より $${b \succ a^*}$$ であるべきで、矛盾。
もし達成されないならば、$${A_P}$$ 内の点列 $${{a_k}}$$ で $${V(a_k) \to V^}$$ なるものが存在する。同様に $${A_N}$$ 内の点列 $${{b_k}}$$ で $${V(b_k) \to V^}$$ なるものが存在する。
$${V(a_k) < V^* \leq V(b_k)}$$ for all $${k}$$ であるから、$${a_k \prec b_k}$$ for all $${k}$$。これは (P1) と整合する。
しかし、ここで (P2) の「$${u(A_N)}$$ が任意の値を取りうる」という条件を精査する。$${\inf V(A_N) = V^}$$ であるが、この下限は達成されないとしよう。すると、$${A_N}$$ 内で $${V}$$ は $${V^}$$ に任意に近づくが到達しない。
いま、任意に小さな $${\delta > 0}$$ に対して、$${b_\delta \in A_N}$$ で $${V(b_\delta) < V^* + \delta}$$ なるものが取れる。また $${a_\delta \in A_P}$$ で $${V(a_\delta) > V^* - \delta}$$ なるものが取れる。
$${V(b_\delta) - V(a_\delta) < 2\delta}$$ であり、$${\delta \to 0}$$ で差は消滅する。しかし (P1) は $${b_\delta \succ a_\delta}$$ を要求し、これは $${V(b_\delta) > V(a_\delta)}$$ を意味するから、論理的には矛盾しない。
矛盾を導くには、より強い構造が必要である。
B.3 強化された定理
上記の議論から、(P1)-(P3)のみでは矛盾が導けない場合がある。以下の強化された条件を追加する。
(P2') 非禁止行為の稠密性:任意の $${a \in A_P}$$ と任意の $${\epsilon > 0}$$ に対して、ある $${b \in A_N}$$ が存在して、「$${a}$$ に帰結を $${\epsilon}$$ だけ改善した行為」が $${b}$$ である。形式的には、帰結空間上の距離 $${d}$$ が定義され、$${d(outcome(a), outcome(b)) < \epsilon}$$ かつ $${b \in A_N}$$。
(P3') 禁止の非縮退性:$${A_P}$$ は少なくとも二つの異なる選好レベルを含む。すなわち、$${a, a' \in A_P}$$ で $${a \succ a'}$$ なるものが存在する。
定理 1.3'(強化版):(P1), (P2'), (P3') を満たす選好関係 $${\succeq}$$ を表現する連続な実数値効用関数 $${V: A \to \mathbb{R}}$$ は存在しない。
証明:(P3')より、$${a, a' \in A_P}$$ で $${v(a) > v(a')}$$ なるものを取る。$${\Delta = v(a) - v(a') > 0}$$ とおく。
(P2')より、$${a'}$$ に対して任意に近い帰結を持つ非禁止行為 $${b \in A_N}$$ が存在する。帰結がほぼ同じであるから、帰結主義的観点では $${b}$$ と $${a'}$$ はほぼ無差別であるべきである。
しかし (P1) より $${b \succ a'}$$。さらに $${b \succ a}$$($${a \in A_P}$$ であるから)。
いま、$${V}$$ が連続であるとすると、$${a'}$$ から $${b}$$ への(帰結空間での)近傍において $${V}$$ は連続的に変化する。しかし $${V(b) > V(a) > V(a')}$$ であり、$${a}$$ と $${a'}$$ の間には有限の差 $${V(a) - V(a') > 0}$$ が存在する。
$${b}$$ の帰結が $${a'}$$ に任意に近いにもかかわらず、$${V(b) > V(a) > V(a')}$$ であるから、$${V(b) - V(a') > V(a) - V(a') > 0}$$ は $${b}$$ がいかに $${a'}$$ に近くても下界を持つ。
これは $${V}$$ が帰結空間上で連続であることと矛盾する。帰結が近ければ効用も近いはずだが、禁止/非禁止の境界を跨ぐとき有限のジャンプが生じる。 □
B.4 解釈
定理1.3'は、義務論的制約の本質的特徴を明らかにする。
禁止と非禁止の境界は、帰結空間において不連続である。帰結がほぼ同じでも、行為の性質(嘘であるか否か、殺人であるか否か)によって道徳的評価は跳躍する。
効用関数は連続的な量である。不連続なカテゴリー的区別を連続な量で表現することには、本質的な困難がある。
これは義務論が「非合理的」であることを意味しない。むしろ、義務論的道徳判断は、効用最大化とは異なる構造を持つ合理性の形式であることを示唆する。第Ⅱ章では、この異なる構造をゲーム理論の枠組みにいかに組み込むかを検討する。
