38-景清の話 その5(歌舞伎「阿古屋」①)
今年2月、坂東玉三郎さんの「阿古屋」(あこや)が今回で最後かもしれないと聞いて、『猿若祭二月第歌舞伎』を歌舞伎座に観にいきました。夜の部の一幕目が、『壇浦兜軍記』の三段目「阿古屋」です。
『壇浦兜軍記』は、享保17(1732)年に大阪竹本座で初演された人形浄瑠璃で、同年、歌舞伎として上演されました。「阿古屋」はその三段目、平家滅亡後、頼朝の命を狙う景清を捕まえるため、頼朝は景清の恋人の五條坂(京都の清水寺門前の廓)の遊女 阿古屋を捕えて、景清の居場所を吐かせるよう、家臣の畠山重忠らに命じます。阿古屋が「景清の行き先は知らない」と言い張るので、重忠の家臣の岩永左衛門致連はひどい拷問をしようとしますが、知将として名高い重忠はそれを止め、阿古屋の責め道具は自分が用意したと言います。その責め道具とは、琴と三味線、胡弓。阿古屋に順番に弾かせて、その音に乱れがないと判断した重忠は、阿古屋の言葉に偽りなしとして放免するというお話です。
阿古屋は舞台で琴と三味線と胡弓を凛とした遊女として演奏しなくてはならない、女形の大役です。今回、私は初めて観ましたが(多分💦)、琴も三味線も胡弓も結構長い時間の演奏です。陰囃子でほんのり支えているようですが、それでも観客全員の注目の中、琴、三味線、胡弓の三つの違う楽器をプロ並みに演奏しなくてはならないのは、どれだけのプレッシャーでしょうか。歌舞伎役者は、琴や三味線のプロ演奏者ではなく、しかも、遊女 阿古屋になり切って演奏しなくてはならないのです。誰もができる役ではありません。
松竹の筋書きに掲載されている上演記録によると、1953年以降は中村富十郎さんが一度演った以外は、89年までは中村歌右衛門さん、それ以降は玉三郎さんがほとんどを勤められています(18年に中村梅江さんと中村児太郎さんがトリプルキャストとして挑戦)。
今回、私はラッキーにも、前から6番目、花道から2席目の席で観ることができました。玉三郎さんかぶり付きの席です。顔のお皺までよく見える……でも今年75歳!と考えると、驚異の美しさでした。『壇浦兜軍記』の三段目「阿古屋」には残念ながら景清は出てきませんが、阿古屋は箏で「蕗組」、三味線で「班女」、胡弓で「相の山」を弾き歌い、景清を慕い、無事を祈ります。こんな素敵な遊女にここまで慕われるなんて、景清はいい男だったのでしょうね。
*今年2月の「猿若祭」の新聞広告。『人情噺文七元結』もすごく良かったです。
