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40-景清の話 その7(山東京傳の黄表紙①)

 このところ、平家の侍大将 藤原(伊藤)景清をネタに後世につくられたお話(舞踊劇、人形浄瑠璃・歌舞伎、落語)のことを書いてきましたが、もう一つ、なんと、山東京傳の黄表紙に景清ネタを見つけました。
 『明牟七変目景清』(あくしちへんめかげきよ/『悪七変目景清』とも)は、『山東京傳全集』(第一巻 黄表紙一/ぺりかん社/1992年発行)によると1786年作、作画とも京傳、版元は蔦屋重三郎。中本の上下二巻二冊十丁。中本とは本のサイズで、縦約19cm×横13cm、十丁とは十話(10見開き)でしょうか。
 上記写真で紹介したのは、この全集からお借りしたもので、右から表紙(上巻)、1ページ目、最後のページです。最後のページの右端に「まさのぶ画」「山ひがし京傳作」と書かれています。「まさのぶ」は北尾政演のことで、京傳の画号です(師匠が北尾重政)。京傳は最初、「やまひがし」と名乗っていたそうですが、周りが「さんとう」と呼ぶので、そのうち自分でも「さんとう」というようになったとか。

 京傳と言えば、いま、NHK大河ドラマ『べらぼう』に登場している人気の黄表紙作家。田沼意次の世が終わり、幕府の財政難をなんとかするために松平定信がさまざまな倹約対策(いわゆる「寛政の改革」1787~1793年頃)をぶち上げる中、黄表紙の世界にも統制の暴風が吹きまくります。京傳も過料処分(1790年)や手鎖の刑(1791年)などを受けたようですが、この作品はその改革の一年前の作で、また内容的にも定信をおちょくっているものではないので、問題はなかったのでしょう。

 景清が出てくる黄表紙をネットで探してみたら、他にも『景清百人一首』(明誠堂喜三二作/北尾重政画/蔦屋重三郎版元/1782年)、『金山寺大黒伝記』(恋川春町作画/1783年)、『娘景清襤褸振袖(むすめかげきよぼろふりそで/=つづきのふりそで)』(京傳作/勝川春扇画/和泉屋市兵衛版元/1811年)などなど、さっと見ただけでも20近い作品が出てきました。もっとありそうです。たいていは景清と彼を詮議する畠山重忠のペアで、景清の顔は当時「景清」が当たり役だった五代目市川團十郎の顔になっているとか。蘇我ものと景清がないまぜにされているお話も多かったようです。景清は大人気だったのですね。
 一つひとつ詮議😆していると膨大な量になってしまうので、次回、『明牟七変目景清』を紹介します。

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