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39-景清の話 その6(歌舞伎「阿古屋」②と落語『景清』)

 前回の続きです。歌舞伎『壇浦兜軍記』は、半世紀くらい前(1685年)に初演された近松門左衛門の人形浄瑠璃『出世景清』を踏まえてつくられたそうですが、『出世景清』では、阿古屋は嫉妬心から、景清の居場所を兄が密告するのを容認し、あとで後悔して、景清に許されずに自害するという悲しい結末になっていて、楽器も弾かないようです。
 『壇浦兜軍記』は全五幕で、東大寺の大仏落成供養で景清が頼朝を狙ったり(能『大仏供養』から取材?)、屋島で錣引きをした三保谷(歌舞伎では箕尾谷)四郎は実は景清の生き別れた兄弟だったとか、最後は自ら頼朝に捕まり、平家への恩と頼朝への恩で「二度と頼朝を追わないように」と自ら両目を抉った……という歌舞伎あるあるどんでん返しストーリーですが、現在は、人形浄瑠璃(文楽)でも歌舞伎でも、三段目の「阿古屋」(「琴責め」とも)だけが残っているようです。

 もともとが人形浄瑠璃だったことで、「阿古屋」では面白い趣向がされています。畠山重忠の家臣 岩永左衛門という悪役が、人形のように動く「人形振り」で演じられるのです。文楽では人形を人間のように演じますが、歌舞伎の人形振りでは人間が人形のように演じるわけです。最初、それを知らなくて、なんか不思議な動き方をしているなと💦 人形ですから、左右に二人の黒衣が付きます。役者は自分から動くのではなく、黒衣に動かされているように動かなくてはなりません。目はギョロメですが、目立たさせるために今回の岩永を勤めた中村種ノ介さんは、目を閉じて瞼の上にギョロメを描いて演じたそうです。舞台上ではずっと目を瞑っていなくてはならない😱 実はこれ、以前、玉三郎さんが岩永役をやったときの工夫とか。と聞いて、え、玉三郎さんが岩永を!というのもまたびっくり😱

 落語『景清』では、目が見えなくなった定次郎が、清水寺に「視力回復」のお願いに行き、景清が奉納したという噂の目玉と交換してもらうお話です。「大昔の目玉はカチカチに干からびているのでは?」と不安がる定次郎に、観音様は「三日前から塩水に漬け置いた」と言い、落ちていた(自分の)目玉を定次郎が持って帰ろうとすると、観音様は「下取りの目は置いてゆけ」。笑わされます。

*歌舞伎『壇浦兜軍記』の「阿古屋」で人形振りを見せる岩永左衛門。阿古屋が演奏しているときに火箸でふざけて火傷しそうになったり、なかなか可愛いのです。

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