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「オリーブの木と番人」

 この雲の上に暮らす生き物たちは皆、母や父からもらった名を名乗っています。
オリーブの木の名前は、オールリーです。誰が決めたのか分かりません。今の今まで知ろうともしていませんでした。なぜなら、見渡す限り自分以外の木を見たことがなかったからです。

 その日は突然でした。
 雲がひどく揺れましたので、空震が起きたと動物達はオールリーのそばでギャーギャーキーキーモーモーピョンピョンメーヴァーと騒ぎ立てておりました。みんなで身を寄せ合い、この時ばかりはオールリーも枝をみんなの方に伸ばしていました。

 ドシンドシンと、揺れはどんどん大きくなっていきました。
すると、雲と雲の隙間から、大きな人が現れたのです。その人は、ガチャガチャとした硬そうな服を着ていました。
人間です。みんな、この雲の上で人間を見るのは初めてでした。

 「誰だ?」
そう勇気を振り絞って声を出したのは、猿のドーです。妻のミミコを後ろに庇っております。

(なんと素敵な愛だろうか)
そう、オールリーはポワポワと考えました。

「ははっごめんごめん、驚かせてしまったね。僕はこの雲の番人さ」

「番人?そんなもの、聞いたことも見たこともないぞ」

「そうだねそうだね。ああでも、今、見ただろう?」

 オールリーはため息をつきました。
(屁理屈な爺さんがきたな)

「オールリー、今、なんか失礼なことを考えてただろ?私はこの前四千歳の誕生日だったけど、なんのプレゼントも贈られてこなかったから、心配して見にきてやったというのに」

「四千歳!?」
動物たちは、驚きに思わず声をあげました。

「そうともそうとも」
その人は、なぜかとても自慢気でした。

「オ、オールリー。番人?を、知っているのですか?」
羊のメーコが恐る恐る聞いてきました。

オールリーは、幹を前に傾けて、肯定しました。

「まあまあ、落ち着いてよ。とりあえず、みんなは日常に戻っていいよ。僕は、オールリーと話があるからね」
そう言って、みんなを帰してしまいました。

 一人と一本だけになって、オールリーは少しそわそわしましたが、必要なことをしたんだと言い聞かせました。

「それで、オールリー。君が生まれてから三千年欠かさなかった誕生日プレゼントを、わざと忘れたのには理由があるんだろう?
僕を呼び出して、何が聞きたかったのかな?」

 オールリーは、一枚の葉をそっと枝で挟みながら、答えました。
(……夢を食べる獣をご存知ですか?)

「ほお。知ってるよ。詳しくは分からないがね。なぜそんなことを聞くんだい?」

(子狐たちを……探しているんです)

「ああ、あの子達だね……。……まだ生きているかどうか分からないけれど。それでも、探すのかい?」
番人は、渋いお顔で言葉を発しました。

オールリーは、ためらうことなく、幹を前に動かしました。

「ふーん、そうか。わかった。それでは、空を閉じ込めた瓶の中の王国に行くといい。その国の名は、キュラリア。君の名付け親が、住んでいる場所さ」

(名付け……?)

「ああ、君はまだ知らなかったか。
君が生まれる前、この雲の上には何もいなかったんだ。今その雲陰でこそこそしている、猿も牛も兎も羊も。そして木も。この世界にあるのは空気と雲だけだった。
そこに僕が一本の木を植えたんだ。君だよ。
名前をつけようとしたんだけどね。良いのが浮かばなくって。君がなんの木かも僕には判断つかなかったくらいだから。
それで、キュラリアに住んでいる古い友人を頼ることにしたんだよ。植物にも動物にも詳しい人だからね。
なんでだったかな……ちょっと意味は忘れちゃったけど、とにかく君はオールリーとなったんだ。」

 オールリーはなんだか幹の真ん中ら辺が温かくなって、ムズムズするような感覚がありました。二本の枝でそこをそっと覆います。
 これは喜びだと思いました。愛だと思いました。小さい生き物たちが親へ、恋人や妻へ向けている感情と同じものです。

(どうやって……?)

 オールリーは、キュラリアに行きたくて仕方がなくなりました。けれども、自分は木です。動くことも飛ぶこともできません。

「ああ。そうだよね、ああ、ちょっと待ってて。今作るから」

(作る……?)

 オールリーが幹を捻っている間に、どんどん何かの形が空中に描き出されていきました。番人が杖を振っている様子も、何もないのにです。

 そこに現れたのは、騎士の姿でした。番人と同じ、ガチャガチャした服を着ています。顔は兜が被さっていて、見ることはできません。
番人と違うところと言えば、雲に影が映っていないことくらいでしょうか。

「これに枝で触れてごらん?」

 オールリーは言われるがままに、枝を前に出しました。そして、コツンと硬くて冷たい服に触れました。するとどうでしょう。視界がぐるぐるぐるりんと急に回り出して、「ひゃー!!!」と大きな声を思わず出していたのです。

「ひゃ?」

「ははは。驚かせてしまったね」

「え?これは……声?私……話してる?」

「君は騎士になったのさ。つまり、人間だよ。旅するときはその姿になるといい。自分が望めば、木の姿に戻れるし騎士の姿にもなれる。
素晴らしいだろう?僕の魔法は。
さあ、キュラリアに行ってごらん。可哀想な子狐たちのためにね」

 番人はウィンクすると、来たときみたいにどしんどしんと帰っていきました。

「私が、人間に……」

 雲に隠れていた動物たちが、飛び出してきました。
「オールリー!人間に、なったんだね!」
兎のコタロウが興奮してぴょんぴょん跳ね回ります。

「ねえ、オールリー。その顔を覆っているものをとってみたらどうかしら?周りがよく見えると思いますよ」
羊のメーコが丁寧に言いました。

「ええ、そうしてみる」

 オールリーは、自分の顔を覆っている硬い兜を外しました。
最初思ったのは、眩しい、でした。そしてその後感じたのは、色とりどりの景色です。

 オールリーは振り返りました。
「ああ。世界は。後ろにも広がっていたのか」と呟くと、動物たちに向かって言いました。
「私は、キュラリアに行ってくる。みんなは、どうする?」

 猿のドーが一歩前に出て答えました。
「俺たちは、ここを守って待ってる。大丈夫だ。気をつけて、行ってこい」

ドーの後ろにいる動物たちが皆口々に、大丈夫だ安心して楽しんでなどと言ってくれています。

「みんな、ありがとう」

 オールリーが満面の笑みを浮かべました。動物たちはその美しさに息を呑みます。
「行ってらっしゃい、オールリー」

 行ったことはありませんでしたけど、オールリーは名付け親の元に帰るのです。影を持たない騎士の帰還でした。




片桐みかんさんの#3つのお題に空想のひらめきを 【第43回】のお題で書きました。

お題:「夢を食べる獣」「空を閉じ込めた瓶の中の王国」「影を持たない騎士の帰還」


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