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幸福になるには

まず、幸福という事を理解する必要があります。
理解を基に定義しなければ叶うものも叶いません。
例えば、カレーのレシピを知らない人は
カレーを作ることが出来ないように、ものごとを定義することによって
はじめて理解されるのです。

幸福の定義


そこでまずは、幸福と不幸の定義からはじめていきたいのですが、
幸福を定義すると、現状に満足する感謝の熱量です。


不幸と不満は違う


また、不幸というのは自分の欲求や、自分が望んでいたものが等しく手に入らなかった時それに不満を生じる訳ですね。それを不幸と混合してしまっています。
不満と不幸というのは、別言語であり、違うものです。
だから不幸というのは、不満に近しい感情を抱いている時、
昔の人はそれを心に災いがある状態と言いました。
嫉妬のような悪感情や煩悩がある状態ですね。


幸福は目には見えない


幸福になりたいというのは間違いであります。
幸福であるというのが正しい。

幸福を手に入れたいって言いますが間違いです。
幸福は手に入るような目に見えるものではなく、
スーパーや百貨店にも売っていません。


見えない幸福を見ようとして、間違った幸福を手に入れようとして不幸になる人はたくさんいます。

例えば、家族の幸福のためにがむしゃらに働いて
お金を稼いで、家族をほったらかして子育てがうまくいかなかったり、
熟年離婚になる場合があります。

お金があれば幸福になるという誤った幸福観による結果です。

幸福は特別な風景にあるものではないのです。
ごく普通の日常の中に幸福はあります。
本来は今、幸福であるはずなのに幸福になりたい、手に入れるというのは
おかしいのです。

意識があるということ

僕は神社を参拝する時「意識を与えて下さって感謝します」
といつも言いますが、まず自分に意識があるからものごと
知覚して認識することが出来るのですよね。

成長や成功を実感して、喜んだり怒ってたり、悲しんだりということは
意識があるからそれのような素晴らしい体験をすることが叶います。

福も災いも意識があるが故に体験できるとすれば、意識を与え
られているという事に感謝できれば苦難というのも愛おしいものであって
有難いというのは、難があるからありがたい。

感謝できるというのは幸福の基礎です。
よく、あの人は幸せそうだなーと思うことがあると思いますが、
内実は違うことがすごく多いです。

全身グッチで固めて裕福そうな女性。
でも、自尊心が高すぎて、他者から安く見られたくないという自己防衛や
家庭で満たされないから買い物依存症になったりと、表にある情報が
全てではないですよね。

政治家、芸能人、調べればそんな事はいくらでも
あります。幸福は客観的なものではなく主観的なものです。
思い込みであり、自己満足ですから、幸福と不幸は対義語では
ありません。幸福の反対の言葉は当たり前という言葉です。

あって当たり前で感謝しないのが、幸福の反対ということ。

あと混同されやすいのが、不遇ということですね。
不遇とは環境に恵まれないことですが「私の家は貧乏だから不幸なんです」
と言うのは間違いで、それは不遇であって不幸ではないです。

環境に恵まれないからといって絶対的に不幸という訳ではないですよね。
幸福というのは
そのような不遇の中から、切り拓いていく力でもあります。
不遇だから幸福になれないというのは関係のないこと。
幸福は環境に左右されないのです。


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