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熟成記録|吐くような思いを、もう一度。

こんな問いを置いてみた。

生まれ変わるとしたら、

今回の人生を、

全く同じようにもう一度やりたいか。

違うやり方で、もう一度やりたいか。

それとも、

全く違う人生を歩みたいか。



私は、

同じ人生を選んだ。



少し考えた。

本当にそうだろうか。



吐くような思いをしたことがある。

眠れなかった夜もある。

……自らの手で終わらせようとしたこともある。

何もかも失ったと嗚咽したこともある。

もう二度と、

あんな思いはしたくない。

今振り返っても手足が震える。



それでも、

最初からやり直せると言われたら、

私はまた、

同じ道を選ぶのだと思う。



失敗を避けたいわけではない。

苦しみを消したいわけでもない。

もっと上手に生き直したいとも、

あまり思わない。



あの時、

別の選択をしていたら。

あの人に出会わなかったら。

あの仕事を始めなかったら。

あの場所で立ち止まっていたら。



今の私は、

ここにはいない。

今の景色は絶対に見られない。



人生には、

消してしまいたい場面がある。

思い出すだけで、

胸が苦しくなる時間もある。



でも、

その場面だけを切り取って、

なかったことにはできない。



苦しかったことも、

間違えたことも、

失ったことも、

その後に続いたものと、

どこかでつながっている。



だから私は、

『幸福だった』という理由で、

同じ人生を選ぶのではない。



正しく生きられたからでもない。

後悔が一つもないからでもない。



後悔した出来事まで含めて、

これが私の人生だったと思うから。



吐くような思いを、

もう一度。

想像しただけでも吐きたくなる。

それでも、また、

出会いたいと思う人がいる。

愛された人も、憎まれた人も。



それでも私は、

同じ人生を選ぶのだと思う。



もしかすると、

人生を肯定するということは、

苦しみを美しい話に変えることではない。



苦しかったものを、

苦しかったまま残しながら、

それでも手放さないことなのかもしれない。



我が人生に、

一片の悔いなし。



それは、

悔やむことがなかったという意味ではない。



悔やんだ日々も含めて、

この人生でよかったと、

今は思えるということなのかもしれない。



この熟成は続いています。

よろしければ、ご一緒に。🦥🌿



※この記録はThreadsで置いた問いから生まれました。

今日もまた、一つ言葉が熟成しました。

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