【岩手のお盆、なぜか予定通りに進まない】


今年のお盆。
私は祖父母のお墓を、
自力で見つける自信がなかった。




山の中にある墓地。
墓は二列しかない。
なのに、刻まれた文字が難しい。
私には、
どれも漢文にしか見えない。



当然、母に案内してもらうことになる。

「はい、ここね」



母の頼もしい指示通り、
私は言われるがまま掃除を始めた。
床を磨く。
花立てを洗う。
墓石を優しく拭く。
汗を垂らしながら、
私は黙々と作業していた。



……ふと思った。
去年より花立て、多くないか?
ふと右を見る。
……え?
なんだか妙に立派な、
菩薩さまがおられる。


さらに困ったことに、
ろうそくを置く場所がない。
いつもなら墓の下側にあるはずの、
あの小さな棚がどこにも見当たらない。



それっぽい場所を押してみる。
微動だにしない。


「お母さん」
「ここ、誰のお墓?」

 

母がのんびりと墓石を見る。
数秒の間があった。



「あら……ここ、伊東さん家のだわ」



どうやら私は、
他人のお墓をせっせと掃除していたらしい。
母は花を生けていた。
私は床をピカピカに磨いていた。



慌てて隣へ移動して、
お墓の掃除をやり直した。
そこで、恐ろしいことに気づいた。



祖父の十七回忌の大切な塔婆。
……伊東さん家のお墓に、
ぽつんと刺さったままだ。




おじいちゃん。
お盆の初っ端から、
一瞬だけお隣へ引っ越してしまっていた。



思えば、朝から不穏だった。
6時45分、東京駅。
母からLINEが来た。

 

『Suicaをコンビニに置いてきちゃった。
でも今、東京駅の新幹線改札前』


は?
新幹線の発車時刻は、30分後。
母の新幹線は、
Suicaがなければ乗れない。



私は新幹線ホームから
階段を駆け下りた。
……いた。
その瞬間。
母の両手にあるものが見えてしまった。



あたたかいコーヒー。
ずっしりとしたサンドイッチ。


「……なんで朝ごはん持ってるの?」

「いやぁ、焦っちゃったよ〜」



……焦った人間は、
両手にコーヒーとサンドイッチを持って
新幹線改札前には立たない。



ドタバタの末にたどり着いた
お寺でのこと。


「本日は5ページから読み上げます」

「ご一緒にどうぞ」

  

法要が始まったのに、
母の鞄ゴソゴソが止まらない。
……メガネだ。
絶対に車に置いてきている。





隣を見る。
落ち着いたと思ったら、
母は、
その冊子を腕いっぱいに遠ざけた。
とても満足そうな顔をしてる。




……いや。
遠い。
遠すぎるだろ。
そんな老眼のサバイバル術あるか。



和尚さんの読経が始まる。
私もそれに合わせて
音読するのだが、
⋯⋯リズムが全く合わない。
母娘、蚊の鳴くような声で参加した。



ありがたいお経を聞いているというより、
音読で
「あごの筋肉」が鍛えられていた。



今年のお盆。
祖父は一瞬、
お隣の他家へホームステイしに行き。

母のSuicaは、
中央線のコンビニへ一人旅に出かけ。

本堂では、
冊子との物理的な距離の限界に挑戦した。



洗濯機の前で気づいた。

……あれ?
帽子とカーディガンがない。




  

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