【百年の恋も冷めない方法は、知らない】


「右、フンっ。左、フンっ。両方、フンっ!」



私のルームメイトは、
鼻のかみ方に異様なこだわりがあった。

 

「できてない! ソレはフッだろ」



擬音語で指導するな。
鼻をかむたびに特訓が始まる。



「それじゃ鼻を拭いてるだけ。」




気づけば十年。
私は夏花粉と戦う
アスリートとして、
正式な鼻のかみ方を身につけた。



夏場は、
客先で席を外すこともしばしばだ。
トイレだったり、
人気のない廊下だったり。



お隣で「ズビッ」や「ブォーッ」は、
さすがにやらない。
そのあとに、
息継ぎの「ぷはっ」もセットだから。




あれは営業ではなく、
一発芸になる。



そして、
十年かけて叩き込まれた
正式な手順で鼻をかむ。



右。 
左。
両方。
よし。勝った。



何事もなかった顔で席へ戻ると、
お客さんが笑い転げていた。



「あのかみ方は酷いよ〜!」

「誰か教えてやってぇ!」

「百年の恋も冷めちゃうじゃない。」

「鼻は軽くふくくらいじゃないと。」



ボーちゃんと山田くんが浮かぶ。
……いや、あの二人に罪はない。
鼻水は、
そんなことで引き下がらない。



数日後の朝。
管理職に、
人けのない場所へ呼び出された。



「この前のお客さんから
アンケートがあってね……」



そう言うと、
自分の鼻をちょん、ちょん、と指した。
私もつられて、
自分の鼻を触る。



「……鼻ですか?」

「うん。」



それ以上でも、それ以下でもない。
鼻だった。




私は少し期待した。
社会人として 
正しい鼻のかみ方を、
ついに教えてもらえるのではないかと。




結局、管理職も教えてはくれなかった。
契約は取れても、
アンケートに残るのは鼻だった。


  








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