あの日の、癒えぬままのわたしに会いにいく。30年越しの、殴り書きの手紙
つねに不安と睨めっこしている。
いやつねに、はさすがに盛っているかもしれない。でも、割と頻繁に、「ああまじ無理」「もう私社会に必要とされてないわ」「どうしてこんなことになっちゃったんだろ」など、蟻地獄でもがく蟻みたいに救いなく喚き散らしているのは本当です。
不安に心がやられているときは決まって、そいつの正体がよくわからぬまま怯えている。なんかわかんないけど、モヤモヤする、みたいな。
急に得体の知れないでかいものが目の前に立ちはだかったら、こわいじゃない。どう対処すればいいか以前に、何こいつ、私をどうしてくれようっていうの、とわたわたしてしまう。「わからない」ってものすごくこわいこと。
今まではただ怯えるしかなかった。わかろうとしていなかったから。でも最近になってようやく、自分が何にこんなに不安を覚えるのか、きちんと理解しようとするようになった。
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必要なのは、A4サイズの白い紙とペン。ペンは黒と、何か色のあるものを2本用意する。で、まずは漠然と不安に思っていることをテーマに掲げ、そのテーマについて感じていることを思いのまま書き出していく。
ある程度書き出せたら、一度フラットな気持ちで書いた内容を見直して、どんどん問いを重ねていく。「どうしてそう思ったの?」「そのとき、どんな気持ちになった?」「そもそもそれって必要なこと?」……。
感情って、高い丘の上にあるトロッコのようなものだと思っている。走り出したらどんどん勢いがついて、歯止めが効かなくなる。でもそれは、ブレーキの踏み方を知らなかったから。
猛スピードで急に踏み込んだら、慣性が働いてガッと重力がかかり、鞭打ちになる。ゆっくりと時間をかけてブレーキを踏んでいけば、穏やかに緩やかに速度は落ちていき、やがて静かさを取り戻していく。
燃え上がった自分の感情に問いを投げかけていくのは、段階を踏みながらブレーキをかけていく作業と同じことじゃないかな。
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ふだんは取材ライターとして、人の言葉や体験を文章にする仕事をしていることもあり、自分が書いたものを外に見せなければいてもたってもいられぬ性分だった。
それだからか、最初「人に見せない文章を書く」という行為にものすごく抵抗を覚えた。
「こんなこと書いて性格悪いな」とか、「なんか文章のつながりがおかしいな」とか、無意識に推敲してしまって、全然核心に辿り着けない。
そもそも人に見せない文章なんて、書く意味ないじゃんとすら思っていたので、この作業に向き合えるまでそれなりに時間もかかった。
そんなとき、お友だちから「感情にもっとフォーカスしてみて」と言われた。さみしいとか、悔しいとか、悲しいとか、そういう平易なワードでいいから、それぞれの出来事を通してどう思ったのかまで書き残す。
エッセイを書いていると、感情にまつわる露骨な表現を、どう上手い比喩で言い換えるかに力を注いでしまう。思考整理の場では、そんな「見せる技術」は一切不要。読むのは私だけだから。
このA4用紙は、私が読んで、私との対話を深めるためのステージでしかないのだ。
書いていくうちに、少しずつ自分が何にモヤモヤしているのかが見えてくる。そして不思議なことに、まったく違うものだと思っていたさまざまな場面でのモヤモヤが、突きつめていくとすべて一つの強い叫びに帰結することに気づいていく。
その叫びこそ、幼いころのわたしに刻まれた、古く、それでいてまだ癒えていない傷なのだった。
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物心ついたときから、急に降りかかる「理不尽」に強い怒りを覚える性格だった。その怒りのエネルギーというのは凄まじいもので、それまで良好な関係を築いていた相手だったとしても、たった一度でも「理不尽」を感じてしまったら、その時点で速攻心のシャッターを閉めてしまうほど。
「なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」「私のこと全然わかってくれてないじゃん」そう感じた瞬間に、相手への信頼がスーッと冷めていき、反比例するようにして怒りの炎が立ち上り始める。
そのことに対して、なぜか?なんて考えたこともなかった。だって理不尽なんて、いやに決まってるじゃん。
ところが、年齢を重ねていくにつれて、私のこの怒りの導火線は、必ずしもすべての人が携えているものではないことを知った。
もちろん怒る人もいるけど、人の言動をおおらかな気持ちで受け止められる人は、思っているより多い。そういう人に共通しているのは、他人に左右されない軸の太さや柔軟性。私に足りないものばかり。
HSPだとか、生きづらさという言葉がホットトピックになるような世の中で、私もいわゆる「繊細さん」という種族に分類されるのだということに、なんだか気落ちしてしまう。
それこそ、理不尽だと思ったから。キャッチーな言葉で括って、私の内面を簡易化されるような、世の流れの中に埋もれてしまう感覚がいやだった。
社会はいつからか、生きづらさにわかりやすいラベルを貼りつけるようになった。みんな個別に、痛みや苦しみを抱えているはずなのに、手に取りやすい木枠の中に押し込められて、無理やり輪郭を形作られる。
一様ではない。私だけでなく、誰もが。でも、市場主義の世の中では、わかりやすさに迎合するほかない。
そのままの自分の息苦しさを曝け出そうとしても、すでに木枠が用意されている。私は納得できないまま、「繊細さん」である自覚を持たざるを得なかった。
思考整理を重ねていくうちに、なんでこんなに私が理不尽を受け入れられないのかが見えてくるようになった。
理不尽にぶち当たったとき、すごく自分自身を損なわれたような気持ちになる。たとえるなら、没頭していたPRGゲームを、セーブもできないタイミングで突然電源を切られたような絶望感。
「せっかくの楽しい時間を、どうして急に取り上げちゃうの?」みたいな悲しい気持ち。
そう、怒りだと思っていた気持ちの正体は、悲しみだったのだ。
幼いころ、ずっと自由を奪われたような心地で生きていた。自覚はしていなかったかもしれないけれど、どうすれば褒めてもらえるのか、どの道を選べば親孝行者と褒めてもらえるのかばかりを気にして。
「人生は自分でつくるもの」という感覚はなく、人の評価を頼りにレールを継ぎ足して生きてきたのだと思う。
無自覚に犠牲的に生きてきたものだから、その対価として、他者から評価されないと、やっていけないような気持ちになった。
ここまで自分を蔑ろにしてきたのに、いったい誰が私の人生に責任をとってくれる?
それが抱えきれぬほどの怒りになって、今までの私を苦しめてきた。その苦しさに耐えきれなくなったのが、30歳をすぎた今。自分をすり減らしなら、違和感を誤魔化しながら生きていくのに限界が来たのだと思う。
時折、「両親はなぜ、私をこの世に迎えたのだろう」と考えることがあった。自分の意のままに生きるマリオネットとして子どもの存在を望んだのであれば、きっと私は今日まで生きていられていなかったと思う。
でも、だからこそ、余計に苦しいのかもしれない。両親から直接突き立てらたわけでもない「期待」という刃に怯え、勝手に己を苦しめていた事実が、耐えられぬほど重たく、虚しい。
他者の評価や、にこやかなまなざしを受け取ることで、自分が生きることへの肯定感を手探りで掴み取ってきた。そんな人生だった。
遅いかもしれない。でも、明日動くよりは、今日動いたほうが、何かが変わるかもしれない。
そう思って、私は過去の自分の傷に向き合ってみることにしたのだ。
🩹 🩹 🩹
数ヶ月書き溜めたA4用紙の束は、クリアファイルに収まりきらないほどパンパンに膨れ上がっていた。そこには心の底からの叫びがぶつけられている。
「ずっとさみしかった」
「期待にこたえたくて、ずっと我慢してた」
「愛してほしかった」
自分が覚えてないくらい幼いころに、少しずつズームインしていく感覚。ずっと無視し続けてきた心の傷を眺めて、お水でそっと洗い、ポンポンと消毒する。
34歳の私の中に、3歳くらいのわたしがいる。背中を丸めてうずくまっているわたしは、ヒクヒクと鼻を啜って目を伏せている。その小さな背中から、悲しみとさみしさ、怒りが痛いほどに伝わってくる。
意を決したように、私はわたしに声をかけた。ふたりは静かに視線を合わせて、少しずつ歩み寄る。

分厚い紙の束と、殴り書きした数知れぬ言葉たち。これが、あのころのあなたへの、30年越しの返事だよ。
得体の知れない不安の正体は、幼いわたしの悲痛な声だった。ずっとなおざりにしていた私自身の核心に、少しずつ近づいていく。
なぜ今だったのかは、わからない。でも、今しかなかったのだと思う。
それまでの人生において少しずつ落としてきた感情の欠片を拾い集め、傷を癒していく。私にとってのそのタイミングが、34歳の今だったのだろう。
まだ、傷は癒えない。向き合えば向き合うほどヒリヒリして、勝手に涙が出てくる。こんなに涙が出て苦しいのに、今まで放っておいたまま生きてきてしまったことが信じられぬほど、まだ傷が痛い。
それでも、涙が落ち着くころにはきまって、深い安心感に包まれる。
やっと家を見つけられた。やっと帰る場所が見つかった。一人で泣かなくていいんだ。
30年虐げられ続けた少女の心を溶かすのは、まだまだ時間がかかりそうだ。それでも今少女は、きっと扉の前まで近づいてきてくれているように思う。
私は、30年越しに再会しているのだ。あの日の、癒えぬままでいる、幼いわたしに。
※このエッセイは、7月発売予定のエッセイ本『ミドサーの不時着 -宙ぶらりんのまま、生きるなかば-』に収録予定のエッセイを、一部加筆修正したものです。
単なる自分の性格だと思い込んでいた感情に向き合った数ヶ月を振り返り、バラバラだと思っていた日々の痛みがすべてつながった気づきについて書きました。
幼少期においてきてしまった忘れ物について、立ち止まって考えていただけるきっかけになれたら嬉しいなと思っています。
筆者プロフィール
神田なり
1991年生まれ、埼玉県在住のライター・エッセイスト。
「そのままのあなたが好き」を伝えるのをミッションに、エッセイの商業出版を目指して、子育てや夫婦関係、小さく営むフリーランスの暮らしなどについて書いています。
カフェオレと、ムーミンと、本と旅行が好き。
受賞歴:
かがみよかがみエッセイコンテスト優秀賞、ねむりのエッセイコンテスト大賞など。
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