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「絶対あり得ない」と思っていた無痛分娩で次男を生んだら、すべての妊婦さんに贈りたい「未来の当たり前」が見えてきた


11月の中旬頃、第二子となる男の子を出産した。
長男を生んだのは2022年1月なので、4年ぶりの出産だった。


言葉としては同じ「妊娠」「出産」ではあるけれど、振り返ってみると4年前のそれとはだいぶ異なる体験だったなと感じる。

前回は自分とお腹の子の体調だけを考えていればよかったけれど、育児をしながらつわりに耐え、大きいお腹で幼稚園のお迎えに行かなければいけなかったし。

コロナ禍で入院期間中は一度も面会が許されなかった前回を考えると、毎日のように夫や長男、親族が顔を見せてくれる病室での日々は賑やかで忙しく、楽しかった。


何より、前回と今回の違いとしては、「普通分娩」か「無痛分娩」か、も大きかった。

そして、今回無痛分娩を選択してみて、その最大のメリットは痛みを軽減する以外の、意外な部分にあったことを知った。

あくまで私個人の経験や考えによるものだけれど、これから出産を迎える方にとって、何か参考になったらという気持ちで、このnoteを書いてみる。




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無痛分娩なんて、あり得ないと思っていた


初産婦で、わからないことだらけだった4年前の出産。
無痛分娩も行っている産院ではあったが、私は迷うことなく普通分娩で生むことを希望した。

自分の母親や姉、友人含む周囲の女性のほとんどが普通分娩で子どもを出産している状況だったこともあり、私だけ無痛を選ぶなんてことはできないと思ったからだ。

なんなら、自分に対して「普通分娩の痛みを経験していなければ、出産したと発言する権利はない」とまで考えるほど、偏向にストイック。

それに、無痛分娩についてちょっとでも調べてみたら、うまく麻酔が効かないだったり、母子ともに負担がかかるリスクだったり、場合によっては命の危険を伴う可能性もあるだとか、不安になるような情報ばかりに出くわす。

「子どもの命以上に優先するものなんてあるわけないのに、痛みを感じたくないなんてエゴを押し通せるはずがない」

そう決めつけて、だいぶ早い段階から私は無痛分娩を出産の選択肢から消した。


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4年後の今、以前と正反対の選択をした理由は


で、4年後となった次男の出産。

妊娠がわかってすぐの時点で、計画無痛分娩を希望していることを夫に伝えた。
あんなに頑なだったのに。

理由はいくつかあったが、第一には長男の存在だ。
出産後4日間は入院しながら身体を休めることができるが、退院してからはいつも通りの日常に戻らなければならない。

滞りない長男の生活を維持するためには、産後の回復が少しでも早くなる方法をと、痛みや身体的ダメージが少ないと言われる無痛分娩を選択しようと考えた。

くわえて、この4年の間に無痛分娩を選択する友人・知人が周囲に増えたのも大きかった。

経産婦の友人に至っては、「今までなんで無痛にしなかったんだろうって思うくらい、本当に全然違うよ!」と、やけに説得力を帯びた言葉で熱弁してくれるほど。

最後に、産科医に加えて麻酔科医の十分な事前説明があったのも後押しになった。

無痛分娩を選択したことで生じうる事故や疾患についてや、産院での過去の事例、実際のお産の進め方などの説明を受けながら、疑問点を都度その場で解消できたし。

「よくわからないけどなんか怖そう」というぼんやりした状態から抜け出し、「具体的なリスクを具体的に理解したうえで、何か起きた場合の対処についてすり合わせできた」「母子の命が最優先であると確認できた」という納得感を得られたのが大きかった。


とはいえ、やはりすべての不安を拭うことはできなかった。

もしも、麻酔のせいで、うまく力を入れられず吸引分娩になったら?
もしも、分娩が長引いて、赤ちゃんの心拍が落ちたら?
もしも、麻酔が体質に合わなくて母体に何か起こったら?

もしも、もしも、もしも……?

経産婦であるといっても、前回とはまったく違うお産を選択したわけなので。

未経験を再び繰り返すという前代未聞の状態に、心は困惑した。
数々の懸念が浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返していた。

正直、分娩台で次男の産声を聞き届けるまでは、自分の選択がもたらす結果に確信することはできなかったといっても過言ではなかった。


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痛みが和らぐことで生まれた、出産の味わい


実際に体験した無痛分娩は、正直想像以上によかった。

特に今回は、計画無痛だったのも功を奏したかもしれない。
事前に日程を決めて入院するので、陣痛や破水が起きた状態で病院に向かう必要がなく、出産日までに心の準備をする余裕ができた。

また、陣痛誘発剤を少しずつ投与しながら、徐々に陣痛を促していき、「あ、ちょっと我慢できなくなりそうかも」と感じたタイミングで麻酔を使って痛みを和らげる。

前回の出産時の「骨盤を無理くりこじ開けられる感覚」や、「臓物をきつく雑巾絞りされるような激痛」、「決して逃れることのできない痛みの波」を知っている身としては、それらがほとんど(感覚値としては一切)感じなかったのは驚きだった。

テニスボールを腰に押し当てたり、うちわであおいでもらったりという夫の献身的なサポートもほとんど必要としない。
分娩台の上で雑談したり、ポケモンGOをして色違いポケモンを交換していたくらいである(呑気すぎ)。

実際の出産のタイミングでは、さすがにお腹の張りや違和感、多少の痛みは感じたものの、生理痛より少し痛い程度。

痛みで体力を消耗し切らなかったおかげで、前回のお産では叶わなかった、生まれたばかりの赤ちゃんを出産直後に抱っこする夢も実現できた。

そして何より、壮絶なお産を終えた直後の感想が、「やり切ったぞ……!」という達成感から、「やっと我が子に会えた……!」という感動に変わった。

前回のお産では、確かに初めての我が子に会えた感動はあったものの、嬉し涙が出たのは、今回初めて。

「きみが生まれるのを、ずっと待っていたんだよ」「本当に頑張ったね、きみが頑張ってくれたから、こうして会えたんだね」と、出会いのその瞬間から感動が溢れたのがすごくうれしかった。

それもこれも、無痛分娩で痛みを和らげ、心の余裕を維持できたから。


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無痛分娩を選んで知った、「自己決定権」の大切さ


出産して3週間が経とうとしているわけなのだけれど、改めてあの日のお産を振り返ってみて、気づいたことがある。

今回のお産で、無痛分娩を選択したことは、私にとっておそらく正解だった。
でもそれは、無痛分娩による痛みの軽減効果がよかったから、という理由だけではなくて。

命がけで我が子に出会おうとする瞬間を、どのように迎えるのか。

出産方法やリスクについて、自分で調べ、考え、納得したうえで選択できた主体性そのものこそ、無痛分娩を選択した最大のメリットだったと痛感したから。


4年前の出産の際は、そもそも選択肢なんてないと思っていた。
全力で痛みを受け止めて、耐え忍んでこそ、お産をやり遂げたと、母親になったのだと語る資格があるのだと。

でもそんなこと、私以外の誰も思っていなかった。
4年前のあのときだって、自分が望むならば無痛分娩を選択できたはずだ。

あのとき根拠なく固執していた不必要なこだわりが、こうでなければという思い込みが、母になろうとしている私に不自由という呪いをかけていたのだと思う。


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他者からも、自分からも囚われない、自由な選択意志が当たり前になってほしい


大前提、私はこれまで経験した2回のお産、どちらに対しても後悔はないし、自分の人生の中で何より誇れる、大切な経験だったと感じている。

普通分娩であっても、無痛分娩であっても、はたまた帝王切開であっても。
陣痛始まりであっても、破水始まりであっても、事前に入院する計画分娩であっても。

出産というのは、どんなスタイルを選択し、結果的にどんな形になったとしても、その人の人生にとって代替不可能な、誇っていい体験なのだと確信している。

そして、そんなかけがえのない出産において、自らの意志でその方法を選択できること、自分が納得して最終的な判断を下すことができることが、当事者である妊婦にとってものすごく重要なのだと、今回身をもって実感した。



今年10月から、東京都では無痛分娩の費用が助成対象になったらしい。
私は東京都民ではないのでその恩恵に預かることはできなかったが、ここ数年、妊娠・出産にまつわる制度の見直しは、国単位でも自治体単位でも、特に増えているように感じている。

そして制度変更が生じるたびに、「なぜ◯◯以外の選択肢を取るのかわからない」「よく調べれば、◯◯一択だとわかるはず」「こうしたリスクがあることを熟慮すべきだ」などと、SNS上での議論が激化するのを見てきた。


出産方法を選択することは、単に出産の痛みの具合をどうするか、という話だけではない。
そもそも母子ともに、命のリスクがまったくないお産など存在しないのだから、不確かな中で最良と思われるものを選び取っていくしかないのだ。

だからこそ大切なのは、個人の主観や凝り固まった偏見ではない、正しい情報が手に入る環境と、選択肢の平等性、そして一つひとつの選択に対する尊重ではないだろうか。


2回の出産を通して、私が未来の当たり前にしたいこと。

それは、これから出産を経験するすべての女性の選択や意志が、等しく尊重されることだ。

そして何より、その選択を下すための情報や環境が十分に整っていて、当事者が自信を持って「私自身が、このお産を選択したんだ」と言える。

誰からも、自分の固定観念からも縛られずに。


老婆心かもしれないけれど、そんな当たり前を、これから出産を迎えるすべての女性に手渡したいと、心から願っている。



#未来の当たり前にしたいこと


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