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濃い2年間を一緒に過ごしてきた価値を、20年経ってから知る

はっちゃけすぎていた短大時代の友人は、久しぶりに会っても気楽なままだった。

これは結構、おどろきだった。


年を重ねるにつれ、パーソナルスペースがだだっ広くなっていることを実感する昨今。

誰かと会って遊ぶことは楽しいけれど、消耗も激しい。


そもそも誰と会うにも毎回「久しぶり」になるからだろうか。

人見知りを発動してしまい、どうしても気疲れしてしまうのだ。


だから人と会う約束を躊躇するようになったのだけど、先日、約8年ぶりに短大時代の友人たち4人でランチをしてきた。

8年ぶりなもので、待ち合わせ場所で待っている間もずっと落ち着かず、そわそわとスマホを弄ってしまう。

もうすぐ40歳になるというのに落ち着きがない自分が情けないけれど、いつまでたっても「久しぶり」や「初めまして」は苦手だ。


とはいえ、会ってしまえばなんてことはなかった。

「な~~~~こ~~~~!」

手を振って再会を喜んでくれる友人は、そういえばコミュ力抜群だったことを思い出す。


「最後に会ったのいつだっけ?」

「え、ええーっと…、みんなで公園でおべんと食べたよね??」

記憶も曖昧になっているほどの月日を、必死にたぐり寄せる。


メニューを選んで注文し、8年分の近況報告と、短大時代の懐かしい思い出に花を咲かせた。

しかし、学生だったのはもう20年も前のこと。

わたしたち以外の友人の名前は、うろ覚えだった。


「ほら、あの人名前なんだっけ?」

「あの人? えー…眼鏡かけてた人?」

「違う違う、ちょっと細身のさぁ」


当時の特徴を話しても、それこそうろ覚えだからうまく伝わらない。


あーだこーだ言い合って悩んだものの、とうとう名前が出てくることはなかった。

20年も経つと、こうなってしまうのか……。


短大時代、いつも一緒にいたのがこの3人だった。

恋愛で泣いたり、サークルの話で盛り上がったり。

他愛のない話で、泣くほど笑った思い出がたくさんある。


「たった2年だったけどさぁ、やっぱ濃かったね」

高校時代は人間関係に悩まされ、勉強ばかりしていたわたしには、短大時代が青春だったのかもしれない。


それにしても、なぜ8年も会わずに再会が「今」になったのだろう。

コロナの影響もあったけれど、それぞれ家庭がある中で遠慮もあった。


自分の「会いたい」を優先するのは、大人になるとなかなか難しい。

「いまどうしてるかな?」とふとした時に思い出してはいたが、日々の生活に精一杯で、会おうとするまでのエネルギーが湧かなかったのだ。


きっと他の3人も、似たような感じだったんじゃないだろうか。

今回、声をかけてくれたコミュ力抜群の友人には、本当に感謝しかない。


8年の間に、それぞれ山あり谷ありの人生を経験していた。

そりゃあ、来年には40歳だもの。

いろいろあって当たり前だ。


「まあまあ、生きてたらそんなこともあるよね!」

そんなふうに話せる居場所が、自分にはあるんだと気づけたことがちょっぴり嬉しい。


また会う約束をしている。

次は、涼しい時期がいい。

そのときは、「子どもたちも一緒に会えたらいいね」と手を振った。


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