【出産0日】新月の夜、はじまりの日。40w0d
出産時の記憶レポート。
31歳の夏、私は妊娠した。
その時夫は不在で、ひとり妊娠検査薬を手にして、陽性のサインを見て、「これはどうしたら?!本当に妊娠したのかな??」と思ったのを覚えている。
そこから10ヶ月は意外とあっという間で、5月17日予定日の日はすぐにやってきた。
人生で一番、体力的にもメンタル的にもハードだった日を書き起こしたい。
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体力的、精神的にハードになった原因は、出産当日から少し遡ること、4日前。
5月14日(木)の昼過ぎ頃から、なぜか左の脇腹が痛かった。初めてのお産の為、「陣痛」がどういうものか分からなかったので、この痛みが陣痛なのか、陣痛の前の前駆陣痛なのか、判断できない腹痛があった。
母に相談すると、予定日も近いから陣痛が来たのではと言われたので、これが陣痛の始まりなのかなぁと思い、陣痛の時間間隔を測る。
13時、14時と時間が経つにつれて、どんどん痛みは増してくる。ただ、「陣痛」で調べて出てくる、「陣痛と陣痛の間の何も痛くない時間」が無く、なんかずっと痛い。ズキズキ痛む。
こんな場合もあるかもしれないと思い、17時18時と痛みに、ただただ耐える。
この頃一番痛くて、ずっといきみ逃しの呼吸法をしていた。本当に痛すぎて、飲み物も食べ物もすべて吐いてしまうため、ほとんど何も口にできない状態。
その後、あまりの痛さに耐えかねて、一度病院に連絡し、20時30分頃、よろよろと歩きながら病院へ。
病院で左脇腹が痛いこと伝えると、最初は胎盤剥離などの緊急の症状を疑われたが、場所的にもその可能性はない、と言われてしまう。
現状、妊婦の体では何も処置出来ることはないということで、翌日に予定していた妊婦検診で、改めて状態を教えてほしいと言われ、一度帰宅。(心の中では痛み自体は変わっていないので、結構しんどかった)
一旦帰って寝ようとするものの、痛すぎて眠れない。
夜中4時にあまりに痛みがひどいので、再度病院に連絡するが、現状対応が難しいと言われる。
案の定、この日は痛みでほぼ徹夜状態。
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5月15日(金)
しぶしぶ朝まで待って、睡眠不足のフラフラの状態でなんとか病院に到着。
痛すぎて、待合室で普通に座ることもできない状態だったので、ベンチのようなところに横になりながら、名前が呼ばれるのを待つ。
診察の前のNSTの時点で、痛みに耐えかねている状態と、嘔吐した状況を見て、医師の判断で、その日は一旦管理入院をすることになった。
軽い痛み止めと、吐き気止め、栄養剤の点滴をしてもらい、少しだけ体力は回復していた。
お医者さん何人かに原因を聞いたけど、この段階では分からないのと、検査するには妊婦なので難しいというのが、全員の意見だった。
夜中、痛み止めが切れるとまた痛いので、薬をもらってなんとか抑え込む。
私自身が初めての入院ということもあり、慣れない病院ベッド、点滴、診察、朝の問診、病院食など、色々な初体験ができた。
この日は夜12時ぐらいに寝て、朝は問診が始まる前、6時くらいには目が覚めた。
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5月16日(土)
元々、管理入院のため、様子を見て、症状が治ったら帰る、というスタンスでお医者さんと話していた。
翌日、痛み止めが効いてきたのか、若干のお腹の痛みは残るものの、日常生活は送れるくらいになっていたので、その日の午後、家に帰らせてもらった。
家に帰って、すぐに昼シャワーを浴びる。
やっぱり家は最高と思いながら、少し横になる。
この日の18時頃から、またお腹が痛み始める。何となく陣痛かもしれないと思い、陣痛カウンターを使って陣痛時間をはかる。
夜ご飯も少ししか食べられないので、うどんを少しだけ食べて布団に入っていた。
陣痛っぽい痛みが続くので、24時頃ぐらいに母に相談。前回のことがあったので、前駆陣痛かもしれないと言いながら、一緒に陣痛のいきみ逃しをそばで見守ってもらう。
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5月17日(日) 出産予定日
深夜3時くらいに陣痛の間隔が定まってきたので、一度病院に連絡。この時でおおよそ5分間隔ぐらい。
病院から「来てください」と言われたので、陣痛バッグと入院バッグを持ってタクシー移動。
まだ朝焼けの空で、空がだんだんと白けていく。
これから1日が始まるというような雰囲気。
4時頃、病院に到着。
手際よく内診してもらい、診察台に上がると、子宮口が2センチ開いていると言われる。
とりあえず陣痛室に案内されて、5分間隔での陣痛に耐える。助産師さんに「この感じだと、順調に進んでますね」という言葉にちょっと嬉しくなり、短時間で産めるかも、と期待する私。
母が安産タイプだったので、遺伝的に私も安産タイプなのかとずっと思っていた。
(この調子だと14時ぐらいに産まれちゃう?!赤ちゃんと対面できる!!と期待が高まる)
夫にも立ち会いをお願いしていたので、連絡してくださいと言われて、とりあえず連絡。
7時頃、さっきまでの陣痛の波が、急に弱くなる。この時で7.8分間隔くらい。助産師さんにも、「疲れが出てきているから、部屋を暗くして一旦寝る」もしくは、このまま陣痛の波を上げる為に「歩くか」の二択を迫られる。
明らかに私の眠さレベルが限界に来ていた。
前々日も謎の腹痛で徹夜状態だし、昨日は慣れないベッドで寝たので、ぐっすり快眠はできていない。
一旦寝るか、と思いカーテンを閉めるものの、7分おきくらいに来る陣痛の波で、呼吸をするため全然寝られない。なんなら、病院に来るまでに家で試みたけど上手く寝られなかった。
じゃあ、あきらめて少し歩いてみるかと思い、廊下を歩くが、歩くほどの元気がないのを実感する。
お腹の赤ちゃんもどこか眠そうな感じ。
寝るにも寝られない。逆にテンション上げて、盛り上がっていく気にもなれない。本当にどうしたらいいんだという気持ちでいっぱいになる。
つらい、つらすぎる。なぜか辛くて、涙がポロポロ出てくる。
9時頃、やっぱり一旦寝る方向にシフトチェンジ。
10時までまどろみながら、いきみ逃し。
11時頃、少しだけ眠気が取れてきたような気がするので、少し起きる。
ここからまたスタート。助産師さんからは「12時には分娩台に行けるかも!」と言われ、また期待が高まる。
夫がギリギリ間に合うかも、と思いながら、ひたすら呼吸でいきみ逃し。この時で子宮口4.5センチくらいだったような気がする。
12時過ぎ、夫が病院に到着。
お昼ご飯も届くが、この状態では食べられないメニューだったので食べなかった。
13時、14時と時間が過ぎていくが、陣痛の強さと間隔があんまり変わらない。むしろ、また弱まっているような気もする。
この頃から旦那にもサポートをお願いする。
14〜15時頃、長時間の疲れと眠さでそろそろ体力と気力が落ちてきていた。12時に分娩台に上がれるかも、という期待と裏腹に、実際は助産師さんもあまり来ない状況で、目の前に疲れてうとうとしている母、背中をさする夫、体力的メンタル的に疲れてきた私。
16時頃、ただひたすら、仮眠→陣痛→いきみ逃し→仮眠→陣痛→…を繰り返す。エネルギーも切れて来たので、合間にゼリー飲料とパンを食べる。
このとき、正直心の中では「つらい…」「早く終わりたい…」と思っていた。まじで泣きそうだった。
でも。私のためにきている二人の前で、当の本人が辛いと言ったら、二人のためにも申し訳ないと思い、とりあえず、淡々と呼吸をしながらいきみ逃し、こなす。
17時になり、再度検診台に上がると意外にも、子宮口が全開していることが分かる。先生にも「赤ちゃんの頭見えてますよー」と言われる。
あの昼間の長い睡魔との戦いの時間も無駄じゃなかったと思える。
分娩台に上がる準備を済ませ、17時30分くらいから分娩室へ。移動中にも陣痛はくるので、みんなに助けてもらう。助産師さんに「出そうなんですけど、これどうしたらいいですか?」とすぐ聞いてしまう。
分娩室では見たことない椅子に座り、足を開く。
助産師さんのて早い準備のおかげで、テキパキと分娩の準備が進められていく。
人口破水をした時は、生暖かい水のようなものがパシャーとお股に流れていった。「羊水って生暖かいんですね」とか助産師さんと話しながら、分娩室に置いてあるものをキョロキョロと見る。(陣痛に集中しろ、私)
18時頃、陣痛が来たタイミングでいきむ。
はじめ、この「いきむ」という感覚がよく分からなくて、今赤ちゃんを出してるのか、力を抑えているのかが分からなかった。とりあえず、助産師さんに言われたことを淡々とこなす。
感覚としては、便をだす感覚、これに尽きる。
一度で2.3回「いきむ」を繰り返す。
頭が見えているものの、初産なので本当にちょっとずつしか進まない。
18時ぐらいから始めて、19時過ぎたあたりから「20時までには産みましょう」という助産師と先生たちの会話が聞こえてくる。
19時30分くらいで、私のお股に赤ちゃんの頭が挟まっていた。感触としては、とても気持ち悪い。
多分赤ちゃんにとっても居心地が悪かったのだろう。
赤ちゃんの心拍数低下のアラームオンが鳴る。
ここで急に場の空気感が、変わった。
私はいきなり酸素マスクをつけられ、周りに色んな人たちが集まり、医師は私の上から赤ちゃんを押す担当と会陰切開の担当。助産師は引っ張り出す担当。私はいきむ担当。
大きく息を吸って、ふぅ〜!!という後に、
本当に一瞬にして、目の前に赤ちゃんがどゅるんと現れた。
私は何事なのか状況が理解できないまま、「赤ちゃん産まれましたよ!!!」と言われる。
言うなれば、人間びっくり箱みたいな感じ。人間から人間が急に出てきた。
頭の中では「何?!!今の?!!」となり、ちょっと呆然としていたのかも。
すぐに赤ちゃんは取り上げられて、「ふぇーん。ふぇえん。」と泣いてるのが聞こえる。まだ羊水で濡れていて、目も閉じているので、想像したようなふわふわ、やわらかい赤ちゃんではなく、べちゃとして、ぶさいくなエイリアンのようだ。
「おめでとうございます!」と助産師さんに言われて、自然と涙がほろりと流れ出てくる。
10ヶ月間一緒にお腹の中にいた赤ちゃんとやっと対面できる、何よりやっと会えたことが嬉しかった。
その後は、目まぐるしく、その後処置が行われてゆく。会陰切開の縫合はちゃんと痛い。呆然としながら処置されるがまま、股を開き、処置が怖いので意識と顔を赤ちゃんの方に向ける。
その後、タオルで包まれた産まれたての赤ちゃんを抱っこさせてもらい、崩れそうな小さな子を抱えて一枚パシャリ。
全て終わって21時。外は真っ暗。
初めて助産師さんの仕事を目の当たりにして、第一に「かっこいい」という印象を持った。
オーケストラで言う、指揮者。
会社だったら、敏腕経営者。
映画だったら、現場監督。
瞬時にその場の状況を判断して、その時に必要な指示を出す。人の命に関わる仕事で、一つの判断ミスで大きな事故につながる。とても素敵な助産師さんに出会えて良かったなあと感じた。
その後、判明したのだが、赤ちゃんの呼吸が不安定ということで急遽NICUに入院することとなった。
病名を説明されたときは突然のことでびっくりしたが、幸いにもNICUがある病院だったため、そのまま専門の先生たちに赤子を託した。
そこから23時に自分の病室に戻り、就寝。長い長い一日が終わった。
人生に一度、あるかないかの大きな出来事が終わった。間違いなく、私の人生の中で体力、気力ともに一番ハードな日だった。
5月17日は新月の日。出産予定日ちょうどに産まれてきた子。
新月は新しいことを始めるのには、うってつけの日のようだ。この日から3人での新しい生活が始まっていく。ちょうどはじまりの日に産めてよかった。
この日はやっとゆっくり眠ることができた。
これからどうぞよろしくね。
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その他、出産メモ
・胎盤は20センチ×20センチくらいの大きさで、子宮の膜がついている。ホルモンみたい。
・産まれたての赤ちゃんは、結構汚れていて、むくんでいるのでエイリアンのよう。
・本格的な陣痛始まると、最後の方はおしっこが出なくなる。最終的には分娩台で尿道カテーテル入れて強制的に出される。
・初産なのにすごい冷静と言われる(ただひたすらいきみ逃しの呼吸に徹する)
・もっといきめばよかった
・子宮口4.5センチで調子にのってはいけない
・途中で、寝るの難しい
・途中で、ご飯食べるのも難しい(口にご飯入っていると呼吸法がしづらくて、いきみそうになる)
・出産直後は爆睡できた
・入院二日目は産後テンションなのか寝られない
・会陰切開しても意外と座れる
・どうやら陣痛に強い側の人間かもしれない
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