【歌と心】心を意図的に込めないで歌った方が、結果的に心は込められるという話
心を込めて歌うという誤解
歌においてよく言われる言葉に、「心を込めて歌いなさい」というものがあります。音楽の指導の現場でも、舞台でも、あるいは一般的な価値観としても、この言葉は美しいものとして受け止められています。歌は心の芸術であり、感情を表現するものだという考え方は、多くの人にとって自然なものだからです。
しかし、実際の歌唱の現場をよく観察してみると、ここには大きな誤解が潜んでいることがわかります。それは、心を込めようとすればするほど、かえって歌が崩れてしまうことがあるという事実です。
心を込めようとする瞬間、人は無意識のうちに身体を操作し始めます。悲しい歌だから声を暗くしようとしたり、強い気持ちを表現しようとして声を押し出したりします。その結果、呼吸の流れが乱れ、喉に力が入り、響きが失われてしまいます。つまり、感情を直接声に乗せようとした瞬間に、発声の均衡が崩れてしまうのです。
歌声というものは、本来きわめて繊細なバランスの上に成り立っています。呼吸、身体の支え、姿勢、声道の状態など、多くの要素が均衡を保つことで声は自然に響きます。しかし感情が身体を直接動かしてしまうと、この均衡が壊れます。結果として音程は不安定になり、声は揺れ、フレーズは途切れやすくなります。
この意味で、歌が上手く歌えない原因の一つは、「心によって心を込めようとすること」にあると言えるのです。
感情は直接表現するものではない
ここで重要なのは、感情そのものを否定することではありません。問題なのは、感情を直接声に乗せようとすることです。
歌を聴く人が感じている「心」とは、歌い手の内面そのものではありません。聴き手は歌い手の心を直接聞いているわけではなく、声の中に現れる様々な変化を通して、そこに感情を感じ取っています。
例えば、息が長く保たれているフレーズは切なさを感じさせることがあります。母音が柔らかく響くと優しさを感じることがあります。逆に、子音が強く響くと決意や緊張感を感じることもあります。こうした要素はすべて、声の中に現れる音響的な変化です。
つまり、聴き手が感じる感情とは、歌い手の心そのものではなく、「感情を想起させる音の構造」なのです。
このことを理解すると、歌における感情表現の本質が見えてきます。感情とは、直接声に乗せるものではなく、技術によって構造として作り出されるものなのです。
心を込めるとは構造を設計すること
では、歌において「心を込める」とは何を意味するのでしょうか。
それは、心を出すことではありません。聴き手に心があるように感じさせる構造を作ることです。
例えば、どこで息を保つのか、どこで音を柔らかくするのか、どこで言葉を強調するのかといった細かな設計によって、聴き手はそこに感情を感じます。
ここから先は
¥ 380
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
