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戻る気はないけど、正解もわからない|無職になって見えてきたもの

プロフィールにあるように、
私は一人暮らしの独身アラフィフ。
25年勤めた会社を辞めた無職だ。

もう1年3か月が経つ。
凄まじい早さで過ぎ去っていった。

子供と大人では
時間経過の感覚が全く異なるのは
「新たな経験」の数の違いだという。

こなした仕事量、
社会への貢献、
人との関わり。

「密度」で言えば、
働いていた頃の方が断然上だけれど、
思えばどれも繰り返しの「作業」だった。

そう考えると、
無職で家に引きこもって
文章を書くだけの生活は、

一見単調な過ごし方のようでいて、
今まであまり割いてこなかった
「深く考える時間」だったのだ。

だから私は、
まさに子供の頃に戻ったかのような感覚で

社会人の25年と
無職の1年3か月

これだけの期間が違っても、
得られたものは実はそこまで変わらない。
そんな錯覚をしてしまいそうなほどに、
濃密な時間だったように思える。

だから退職については、
今も後悔してない。

それでも正直、
「やらかしたかな」
という思いも少しある。

それはやはり経済的な不安もあるし、
「普通の道から外れてしまった」
という感覚から来るものだと思う。

「普通」とされている道ならば、
少し周りを見ただけで
何となく未来予測ができる。

今の私にはそれがない。

だから私は、
「その先をどう歩むか」
他の誰かの様子を窺うのではなく、
自分で考えるしかないのだと
頭ではわかっている。

それでもやっぱり、
少しだけ「誰かの答え」を探してしまう。

そんな時に開いたのが、noteだった。

自分から探さなくても
似た属性の人がお勧めされる。
思っていたより、ずっと多かった。

同じように会社を辞めて、
すぐ先を決めないまま、立ち止まっている人たち。

それを見て、正直ほっとした。
「自分だけじゃない」と思えて、
温かい気持ちになれた。

けれど、読み進めるうちに
少しずつ違和感も出てきた。

華やかな経歴を持っていて、
いつでも働こうと思えば働ける人。

すでに資産があって、
そもそも働く必要がない人。

まだ若くて、
いくらでもやり直しがきく人。

家族がいて、
完全な孤独ではない人。

同じ「無職」という言葉でも、
その中身はまるで違っていた。
私は、そのどれにも当てはまらない。

別に誰かの不幸を望んでるわけじゃないし、
傷の舐め合いをしたいわけでもない。

むしろ私と同等か恵まれない立場の人が
報われている記事を読んだら
素直にすごいと思うし、
少しだけ希望も持てたと思う。

「やっぱり自分は無謀だったのかな」
そんな考えがよぎった。

いや、
「そう自分を顧みることもできるんだよ」と、
見えない誰かに弁解している感覚かもしれない。

不思議なことに、
「じゃあ戻ろうか」という気にはならないのだ。
焦りも、あまりない。

この状態は、
前向きなのか、ただの能天気なのか、
自分でもよく分からない。

でもひとつだけ確かなのは、
「普通じゃない道」にいるという実感よりも、
「自分で選んでいる時間を生きている」
という感覚の方が、
今はずっと強いということだ。

だから私はまだ、
この生活を「失敗」とは呼べずにいる。

noteに同じ立場の人を見つけられないのなら、
私がその一人となって、書いていけばいい。


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