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塗り絵とストーリーテリング、そしてZINE制作


はじめに

前回の「コミュニケーション編」では、塗り絵が介護施設でのコミュニケーションツールとして果たす役割について詳しくお伝えしました。今回は、さらに一歩進んで、塗り絵とストーリーテリングを組み合わせた「創作活動」の実践について、特に「思いを紡いで」シリーズの制作過程を中心にお話ししたいと思います。

※登場人物の名前は、プライバシー保護のため仮名を使用しています。

物語を創るということ

人は誰しも「物語を生きている」と言えるかもしれません。自分の人生経験を通して紡いできた物語があり、その物語は自分自身のアイデンティティを形作っています。特に高齢者の方々にとって、これまでの人生で培った経験や思い出を振り返り、それを誰かと共有することは、大きな意味を持ちます。

物語創作がもたらす効果として、以下のような点が挙げられます:

- 自己肯定感の向上:自分の人生経験が物語として価値あるものと認められる喜び
- 記憶の活性化:過去の出来事を思い出し、言語化することで脳が活性化
- 感情の整理:経験を言葉にすることで、感情を整理し、新たな視点を得られる
- 世代間交流:若い世代に自分の経験を伝えることでの充実感

「思いを紡いで」シリーズの創作プロセス

私たちの「思いを紡いで」シリーズは、単なる創作物ではなく、ご利用者様との共同制作によって生まれる物語集です。その制作プロセスは大きく以下の流れで進めています。

1. ストーリーテリングセッション

まず、塗り絵の時間を活用して、ご利用者様との対話を重ねていきます。このとき、以下のような工夫をしています:

・開かれた質問を多用する
例:「この風景を見て、どんな思い出が浮かびますか?」
・感情に焦点を当てる
例:「そのときはどんな気持ちでしたか?」
・五感を刺激する質問
例:「その場所にはどんな香りがありましたか?」

このようなストーリーテリングセッションを通じて、ご利用者様の中に眠っていた記憶や感情が少しずつ引き出されていきます。塗り絵の色選びや筆遣いからも、言葉にならない感情を感じ取ることができるのです。

2. 共同でのアウトライン作成

セッションで語られた断片的な記憶や思いを整理し、一つの物語のアウトラインへとまとめていきます。このプロセスでは、ご利用者様の「こうなったらいいな」という願望や創作的要素も取り入れます。

アウトラインには、主人公の設定や物語の大まかな流れ、印象的なエピソードなどを盛り込みます。これにより、短編小説を書く際の指針となるだけでなく、ご利用者様自身も「自分の物語」のイメージを具体的に持ちやすくなります。

3. ZINEによる速報板の作成

物語のアウトラインができたら、それを施設内で共有するためのZINEを制作します。ZINEとは、小規模で自主制作される冊子のことで、比較的手軽に作成できるのが特徴です。

ZINEには以下の要素を盛り込みます:
- 物語のあらすじ
- ご利用者様による塗り絵作品
- 制作過程での会話の抜粋(ご本人の許可を得たもの)
- 次回の展開予想や、読者からのフィードバック募集

このZINEを施設内の共有スペースに展示することで、物語の創作過程を他のご利用者様やスタッフと共有し、施設全体を巻き込んだプロジェクトへと発展させていきます。

実際に発行したZINE
※A4版1頁に再編集しています。

4. 短編小説の執筆

ZINEでの共有とフィードバックを経て、私がご利用者様との対話から生まれたアウトラインを参考に短編小説を執筆します。このとき心がけているのは、以下のポイントです。

- ご利用者様の言葉や表現をできるだけ尊重する
- 描写は具体的に、五感を意識して表現する
- 物語の主人公としての尊厳を大切にする
- 創作部分についても、ご利用者様の人生観や価値観に沿ったものにする

私はプロの作家ではありませんが、ご利用者様の思いを丁寧に紡ぐことを第一に考えています。そのため、文学的な完成度よりも、「その方らしさ」が伝わる物語を目指しています。

事例:「あの色が蘇る日(仮名使用)」プロジェクト

具体例として、「思いを紡いで4」〜あの色が蘇る日(仮名使用)〜というプロジェクトをご紹介します。このプロジェクトは、かつて画家として活躍していたものの、今は筆を握ることもなく静かに過ごす村井美智子さん(仮名)との対話から生まれました。

ストーリーテリングセッションの始まり

高齢者介護施設「つむぎの家」で働く石井彩乃(仮名)は、9年間の経験の中で多くのご利用者様と関わってきましたが、村井美智子さん(仮名)には「入り口」が見つけられずにいました。窓際のソファに腰掛け、一日中ほとんど動かず、表情も変えない美智子さん(仮名)。職員間では「元・画家らしい」「展示会をやっていたとか」という話が伝わっているだけでした。

彩乃(仮名)が転機を迎えたのは、偶然休憩室で見つけた『塗り絵がもたらす心と脳への効果』という資料との出会いでした。その資料を読んだ彩乃(仮名)は、美智子さん(仮名)の入居時の手荷物に、年季の入った色鉛筆の缶があったことを思い出します。缶には「ミツコ」と小さく名前が書かれていたのです。

静かなアプローチ

彩乃(仮名)は直接美智子さん(仮名)に塗り絵を勧めるのではなく、まずは自分の休憩時間に、美智子さん(仮名)から見える場所で塗り絵を始めました。「誰にも声をかけず、ただ自分のために塗る」ふりをして、しかし、その手元は美智子さん(仮名)から見える角度に置いていたのです。

数日間、同じ場所で塗り絵を続けるうちに、ある日、美智子さん(仮名)がぽつりと「その赤、昔使ってたわ」とつぶやいたのです。それは小さな、しかし決定的な変化でした。

アウトライン作成

このつぶやきをきっかけに、彩乃(仮名)は徐々に美智子さん(仮名)との対話を重ね、彼女の過去の記憶や想いを引き出していきました。特に昭和の懐かしい風景や小物をモチーフにした塗り絵が、美智子さん(仮名)の記憶を呼び起こすのに効果的でした。

こうして集められた断片的な記憶や思いから、以下のようなアウトラインが完成しました:

1. 静かな午後に:介護職員の彩乃(仮名)と、無表情で過ごす元画家の美智子の出会い
2. 資料とひらめき:彩乃(仮名)が塗り絵を始め、美智子がつぶやく「その赤、昔使ってたわ」
3. 色が引き出す記憶:昭和の懐かしいモチーフの塗り絵で、美智子が少しずつ過去を語り始める
4. 彩乃(仮名)の投稿:塗り絵と美智子のエピソードを施設のSNSに投稿し、温かい反響を得る
5. 家族の反応:久しぶりに面会に来た美智子の娘が、母が再び色を使っている姿に感動する
6. ささやかな展示:施設内に小さな「塗り絵ギャラリー」を設置し、他の利用者も触発される
7. 塗り絵の先にあるもの:美智子が「今度は、自分で描いてみようかしら」と新たな一歩を踏み出す

ZINEによる共有

この物語のプロセスを「想いを紡いで」シリーズ第4号として、シンプルながらも心のこもったZINEにまとめました。ZINEには、アウトラインの要約、美智子さん(仮名)の印象的な言葉、そして制作過程でのエピソードなどを盛り込みました。

このZINEを施設内の共有スペースに掲示すると、他のご利用者様やスタッフからも関心が寄せられ、「私も塗り絵をしてみたい」「私の思い出も聞いてほしい」といった声が聞かれるようになりました。


実際に完成した利用者さんの作品
「こんなランプが家にあったわ…。」と楽しそうでした。

短編小説の完成

アウトラインと反響を受けて、「想いを紡いで4」〜あの色が蘇る日(仮名使用)〜という短編小説が完成しました。小説では、美智子さん(仮名)の内面や心の変化、彩乃(仮名)との繊細な関係性を丁寧に描写しています。特に「色」がどのように美智子さん(仮名)の記憶や感情を解き放っていくのかを、静かでありながらも感動的に表現しています。

第1章では、「午後の光が、ゆっくりと窓辺のレースカーテンを透けて床に落ちる」という美しい描写から始まり、美智子さん(仮名)の「表情を変えることもなく、窓の外に目を向けている」静かな姿と、彩乃(仮名)の「入り口が見つけられない」悩みが描かれています。

物語の展開と反響

小説の後半では、美智子さん(仮名)の塗り絵が施設のSNSで共有され、温かい反応を得ていく様子や、久しぶりに面会に来た娘さんが母親の変化に涙する場面など、塗り絵が単なる趣味活動を超えて人と人をつなぐ力を持っていることが描かれています。

最終的に施設内に小さな「塗り絵ギャラリー」が設置され、美智子さん(仮名)が「これ、私の描いたのね」と誇らしげに言う場面や、「今度は、自分で描いてみようかしら」と新たな一歩を踏み出す結末は、多くの読者の心を動かしました。

完成した小説は、ZINEの形で施設内に共有され、希望するご家族にもお渡ししました。美智子さん(仮名)ご本人も、「自分の物語になるなんて思わなかった」と静かに喜ばれていました。

「あの色が蘇る日」から学んだこと

このプロジェクトを通して、私たちは以下のような貴重な学びを得ました

1. 「待つ」ことの大切さ

彩乃(仮名)が美智子さん(仮名)に直接塗り絵を勧めるのではなく、自分が塗ることで間接的に働きかけたように、時には直接的なアプローチよりも、静かに「待つ」ことが重要です。相手のペースを尊重し、無理強いしないことで、自然な反応を引き出すことができます。

2. 「色」が持つ力

「その赤、昔使ってたわ」というつぶやきに象徴されるように、色には記憶や感情を呼び起こす不思議な力があります。特に長年色に関わってきた方にとって、色彩との再会は、凍りついていた心を溶かす温かさを持っています。

3. 小さな変化を見逃さない

美智子さん(仮名)の「わずかなまばたき」や小さなつぶやきを、彩乃(仮名)が大切にキャッチしたように、小さな変化や反応を見逃さず、それを大切にすることが重要です。時に、大きな変化は、そうした小さな積み重ねから始まります。

4. 共有することの価値

美智子さん(仮名)の塗り絵をSNSで共有し、施設内でZINEとして展示したことで、個人の活動が多くの人とのつながりを生み出しました。「誰かが見てくれたのね」という美智子さん(仮名)の言葉には、承認されることの喜びが表れています。

実践のヒント:「あの色が蘇る日」から学ぶアプローチ

このプロジェクトの経験を踏まえ、塗り絵とストーリーテリングを組み合わせた実践のヒントをご紹介します。

1. 間接的なアプローチ

・直接「塗り絵をしませんか?」と誘うのではなく、まずは自分が楽しむ姿を見せる
・ 視界に入る場所で自然に活動し、興味を引き出す
・無理強いせず、「いつでも参加できる」という安心感を提供する

2. 記憶を呼び起こすモチーフ選び

・昭和の懐かしい風景や道具(タライ、洗濯板、黒電話、ランプなど)
・その方の職業や趣味に関連したモチーフ
・季節の風物詩や、地域の特色ある風景

3. つぶやきを大切にする記録法

・小さなつぶやきや変化をメモに残しておく
・表情の変化や色の選び方などの非言語的な反応も記録
・これらの記録を物語創作の素材として活用する

4. 段階的な共有方法

・まずは近しい職員間で共有し、多角的な視点を取り入れる
・ZINEなど小規模な形で施設内に展示し、反応を見る
・ご本人や家族の許可を得た上で、SNSなどより広い範囲で共有する

ZINEの具体的な作り方

「想いを紡いで」シリーズのZINEは、以下のような流れで作成しています。

1. 基本レイアウト

・A4用紙を二つ折りにした簡単な冊子形式
・ 表紙には「思いを紡いで」シリーズのタイトルと号数
・中面には「あらすじ」「印象的な言葉」「制作こぼれ話」「次回予告」などのセクション
・裏表紙には「あなたの声を聞かせてください」という参加型のコーナー

2. 視覚的要素

・ご利用者様の塗り絵作品を中心に配置
・フォントは読みやすさを重視し、大きめのサイズで
・色使いは温かみのある色調を基本に、季節感も取り入れる

3. 内容の工夫

・「あらすじ」は100〜300字程度で、簡潔に魅力が伝わるように
・「印象的な言葉」は、実際にご利用者様が発した言葉を引用形式で
・「制作こぼれ話」では、物語ができるまでの裏話や感動場面を共有
・「次回予告」で、続きへの期待感を高める

4. 参加型の仕掛け

・「あなたの声を聞かせてください」コーナーで感想や希望を募集
・簡単な記入用紙を用意し、記入しやすい環境を整える
・寄せられた声は次号のZINEで紹介し、対話を生み出す

おわりに:物語が紡ぐ新たなケアの可能性

「想いを紡いで4」〜あの色が蘇る日〜のプロジェクトが示すように、塗り絵とストーリーテリングを組み合わせた創作活動は、ご利用者様の眠っていた才能や記憶を呼び覚まし、新たな交流を生み出す力を持っています。

美智子さん(仮名)のような「静かに過ごす方」にも、その方だけの物語があり、表現したい思いがあります。それを丁寧に紡ぎ出し、共有することで、施設全体に温かな風が吹き始めることを、このプロジェクトは教えてくれました。

「あの色が蘇る日(仮名使用)」は、単に過去の色彩感覚が戻ってくるというだけでなく、その人らしさや生きる喜びが再び輝き始める瞬間でもあるのです。

いよいよ小説を作り始める私たちの旅は、ご利用者様との対話から生まれる小さなきらめきを大切に、これからも続いていきます。一人ひとりの物語が、施設全体を、そして社会を少しずつ彩っていくことを願いながら。

「思いを紡いで 4」
−あの色が蘇る日−

色彩豊かな日常がいかに貴重であるか、そして人と人とのつながりがどれほど大切かを改めて感じていただける作品となっています。

心温まる物語との出会いを…。



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