僕のヒーローはおじいちゃん
僕の両親は共働きだったので、
小さい頃、よく一緒に遊んでくれたのは両親よりもおじいちゃんだった。
その思い出は今でも鮮明に残っている。
家の前で野球やサッカーをしたり、川で釣りや貝とりをしたり。
網で魚を追いかけ、一緒に畑に出かけて手伝ったこともある。
気づけば、たくさんの時間をおじいちゃんと過ごしていた。
なかでも一番好きだったのは、バイクの後ろに乗せてもらい、背中にぎゅっとしがみつく瞬間。
あの時の風の感覚と、心が勇気づけられるような気持ちは今も忘れられない。
おじいちゃんは頑固なところがあった。
一度言ったことは決して曲げず、自分の信念を貫く人。
でも、その姿が子どもの僕にはとてもカッコよく見えた。
自分の意見をはっきり言える。
人に嫌われても構わないという覚悟で、自分を貫き通す。
そんなおじいちゃんの生きざまに、幼いながらも強い憧れを抱いていたのだと思う。
その一方で、僕はまるで逆の性格だった。
人から嫌われるのが怖くて、どう思われているかばかりを気にする。
いつも相手の顔色をうかがってばかりの子どもだった。
だからこそ、余計におじいちゃんの生き方が羨ましかった。
もしあの頃、その憧れに気づいていたら。
もっと感謝を伝えたり、何か行動に移せたのになぁ…と今になって思う。
おじいちゃんが亡くなる前、病院にお見舞いに行った時のこと。
「来てくれてありがとう! 元気で頑張れよ!」
弱々しい体とは思えないほど、力強い声でそう言ってくれた。
その瞬間、思わず目頭が熱くなった。
そして、おじいちゃんが亡くなった後。
実家で話をしていると、おじいちゃんが若い頃、家族のために遠くへ出て資格を取り、懸命に働いていたことを知った。
仕事だけでなく、近所の人のために農地を整えたり、周囲の暮らしを支えたり。
自分の家族だけでなく、地域の人々のためにも汗を流していたという。
それを聞いた時、やっぱり心の底から思った。
――おじいちゃんは、本当にカッコいい。
自分もこんなふうに、人のために生きられる人間になりたい。
こうして文章にしている今も、あらためて思う。
おじいちゃんに対する僕の想いは、想像以上に深かったんだと。
もう直接「ありがとう」を伝えることはできないけど、
僕の中でずっと憧れの存在であり続ける、おじいちゃん。
あなたのように、自分の家族や周りの人のために生きる。
その生きざまを、これからの僕も実践していきたい。
おじいちゃん、ほんとうにありがとう。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
おじいちゃんの生き方を思い出すたびに、
大人になった今の自分に、静かに問いが返ってきます。
──「あなたは、何のために生きていますか?」
その答えを探すように、
おじいちゃんの“本当の強さ”について、続けて書きました。
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